その夜、その露天風呂に満天の星空を仰いで夜を明(あ)かした。そして、朝靄(あさもや)の雲海に浮かんだ山々を見下ろしながら、犬挟峠(いぬばさりとうげ)を下って倉吉に戻ってきた。

その日からというもの、私はKと共(とも)にクラと名の付く土地を旅(たび)して回(まわ)った。入倉、蔵内(くらうち)、戸倉、……と。原始の魂を求めてさすらう異国の風情は爽(さわ)やかだった。

そして吉備作州の山あいの温泉宿や山陰の海辺の民宿に泊(と)まっては旅愁を味わった。そんな生活が足掛け六年にも及んだろうか。Kの富に依存(いそん)して為(な)し得た放浪の日々だった。それは孤独と酒に病(や)み疲れた私の人生で、最も楽しい時節となった。

Kはすでに人生の大半(たいはん)をやり尽(つ)くして、あますところ、死を求めて、何かしら永遠的な未知の世界に赴(おもむ)こうとしていた。彼はそれを私のクラの世界に見(み)い出して、私と共にしてくれたが、彼の命はほど無くして潰(つい)えたのだった。

そして、Kを失くしたあとの私の心象風景は、陽(ひ)が沈むように亡びの影を帯びていった。私は彼の幻影を追うように、人里離れた山奥を訪(たず)ねて回った。原始の山野は悠久(ゆうきゅう)の水の流れと共に、人知れず息づいていた。私はそんな源流のせせらぎを眺(なが)めて、時の経つのを忘れた。

谷川の流れは澄(す)みきって、白銀の川底から光り輝いているところもあれば、深緑(ふかみどり)色の淵に淀(よど)んで、底知れぬ不気味さを秘め隠しているところもあった。

私は原生林のそんな狭間(はざま)で、自然の息吹(いぶき)に抱かれて安らいだこともあれば、黒い蝶(ちょう)の群れが行く手を遮(さえぎ)って飛びかうのを、不吉な気持ちで眺(なが)めたこともあった。

やがて、そんな山野が、暑さで縮(ちぢ)れた夏草に蔽(おお)われる頃、私の体も夏負けして酒に喘(あえ)いだ。

そしてやつれたままその秋を過(す)ぎ越して冬を迎え、Kの死から一年ほどして、私もまたアル中の末期症状に至(いた)り、風雪の荒野をさ迷いながら、死の淵に瀕(ひん)していったのだった。

 

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