キタキツネのキモッペが生まれたのは、摩周湖の南に聳(そび)えるカムイヌプリ(神の山)の麓のはずれにある草原の巣穴でした。
晴れた日の摩周湖の水面には、そのカムイヌプリがまるで生きているクジラのように映り込み、キモッペは神秘的に輝くその湖を丘の上から眺めていることが大好きでした。
巣穴の中には優しい両親と二匹の姉のヤイラとアプンノがいましたが、アプンノは生まれて間もなく白鷲に狙われて連れ去られてしまいました。
動物世界は弱肉強食で運が悪いと生き延びることができません。キタキツネのお父さんはお母さんと一緒に一生懸命に子育てをします。
生まれて1か月間くらいは警戒心が育っていないし、逃げ足はまだ未熟なので、巣穴から出ていくことは厳しく制限され、約束を破るとお母さんからこっぴどく怒られます。
お父さんも一生懸命にエサを捉えて来てくれます。キモッペはネズミにハシブトガラやシジュウカラなどの小鳥からバッタにカマキリにトカゲに秋鮭に野生の果物まで雑食性で何でも食べさせられました。
キモッペはすくすくと成長して生まれて4か月目を迎えていました。まもなく初夏になります。でも、お母さんキツネもお父さんキツネも小さな巣穴の中で「今年の夏は暑すぎる。これは異常だよ!」と文句を言っています。
その日は何の前触れもなく突然やって来ました。青空が広がり、爽やかな風が吹いていました。キモッペは東の空から太陽が上がり、西に沈む日々を平穏に送っていました。
生まれて暫くの間はとても臆病でしたが、生後1か月を過ぎる頃から、朝になるとすぐに外に飛び出していきます。かなり体も逞しく大きく、毛も茶色からキツネ色に変色してきました。
空を飛んでいる大鷲やオジロワシを草むらの陰から見上げながら「ボクも空を飛んでどこか知らない世界に行ってみたいなあ!」と思う日が増えてきました。
そんなワクワクした嬉しい気持ちで巣穴に帰って行ったところ、お母さんキツネが凄い剣幕で怒り出していて、ヤイラを外に蹴とばしていました。