一月二十日(水)

「昔、よく母ちゃんがね、丸っぽのドジョウを鍋にして食べさせてくれたんだよ……」と、母が子供だった頃の思い出を聞かされていた。

今では、めったにお目にかかる事はないが、数ヶ月前、母がまだ元気だった時、近所の居酒屋でドジョウ料理を出しているらしい事を母が誰かに聞いてきて、「それじゃ近いうちに行こうか……」と、言ったきりになっていた。

それで、その店に行き、特別にテイクアウトを頼んだ。

ここ半月ほど、少しずつ食が細くなってきているのを気にしていたが、ドジョウのお陰で今日はよく食べてくれた。何より「あー、うまかった」の一言が嬉しい。

きっと今、母は遠き祖母の面影を想っているのだろう……。

どぜう喰い 憶(おも)うは亡母(はは)の
厨(くり)の背か
今も甦(かえ)りし 幼き思慕や

一月二十三日(土)

唐突に母が言った。「思いもかけないようなこと、急に言うかもしれないけど気にしないでよ……。それから、お母さんが、いきなり死んでも、文句言わないでね……」

「文句は言うさ……」

間髪入れず私が返すと、母は泣き笑いのような顔で、「だけど……」と口ごもり、それきり何も言わなくなった。自ら決めた最後の選択だから、誰にも助けを求めようとしない……。そういう事なのか。