「全部返せ、充のお腹の中にあったもの、全部返せ!私は叫んだ。でもダメだった。私は弁護士を立てました」
「弁護士……」
「私みたいな素人が返せ返せと言っても、病院はびくともしない。医療過誤に詳しい弁護士先生に頼んで、代理人として病院と折衝してもらいました。それをして、やっと戻ってきたのは、生の肝臓が一個、干からびた腎臓が二個、そして、脳の切片が二個でした」
伸枝は台所の方へ向かい、冷凍庫を開けて、ビニール袋に入った小さな箱を取り出した。
「まさか……これ……」
まさ子は背筋がぞくっとした。恐怖に歪んだまさ子の顔を、伸枝は冷静に眺めた。
「私を異常者だと思います? 思われても構いません。私、残りの人生は全て、充のために捧げます。充は殺された! 臓器を取り出すために殺された!」
「あなたは、病院の目的が、臓器を取り出すためだったとおっしゃるの?」
「そうよ。私もこうなってようやく知ったけど、心臓や腎臓を丸ごと他人に移植するだけが、臓器の価値じゃない。死亡した患者から取り出した心臓弁を凍結保存して、心臓弁が弱った別の患者に移植する、とか、臓器の一部分も含めて、死んだ人の体は何もかも〈再利用〉されているんです。
アキレス腱も、血管も、皮膚も! 高値で売買されているんですってよ。……それが納得ずくなら、私は何も言いません。でも、気づいたら奪われていて、水道管と入れ替わっていたなんて。泥棒よ。人のものを勝手に取って、それを売って儲けて ……許せない! だから私は病院を訴える。
何年かかっても、絶対に病院のやったことを認めさせる。この充の臓器は、そのための証拠です。今の科学では証明できなくても、何十年かしたら何かの分析に役立つかもしれないじゃないですか。私は絶対にあきらめない。絶対に!」
伸枝は小箱を冷凍庫に戻すと、腰が抜けそうなくらい怯えているまさ子に向かい、神妙な顔で謝った。
「ごめんなさい。ここまで話すつもりはなかった。ただ、あなたには私のようにはなってほしくなくて。あの病院にいてはだめ。あの病院の言うことを、鵜呑みにしてはだめ。考えれば、私はただただあの病院を信じて、すがって、息子を預けていた。それが間違いの元だったの。自分で考えなければいけなかった。だから、私、勉強することにしたの」
伸枝は病院で配っていたのとは異なるチラシをまさ子に手渡した。
「『脳死と臓器移植を考える勉強会』」
次回更新は1月22日(木)、14時の予定です。
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