【前回の記事を読む】"息子は殺された"と言う彼女を見て私は噂話を思い出した。『あの病棟に行った人は帰ってこられない。普通でない死に方をする』
第四章 班女
「その時、私は気づいたんです。あまりにも軽い。充の体があまりにも軽い、と。城田さんもわかるでしょう。意識のない体が、いかに重く感じるものか」
まさ子はうなずいたが、死体はまた別のようにも思えた。
「……解剖によって、血が、水分が抜けてしまっていた、とか?」
「私もそれを考えましたよ。でも、それにしても軽い。経帷子 (きょうかたびら)を払いのけてよくよく見たら、喉のあたりからおへその下までまっすぐ切られていて、内臓がそっくりなかったんです! わかります? あの子の臓器がそっくりなかった! 肺も、心臓も、肝臓も、骨だって全部はなかった。
あったのは、水道管のような、太い管が二本。それが包帯でぐるぐると結ばれて、背骨の代わりのようにして……。ああ、それを見た私の気持ち……息子のお腹の中を確かめるだけでもあり得ないくらい残酷な話なのに、水道管しか入っていなかったなんて!」
伸枝は泣き崩れた。まさ子も、あまりの話に身も心も凍りつき、言葉をかけることができない。
ややあって、伸枝は顔を上げた。その顔は、能面のように無表情だった。
「私はすぐに警察に電話をしました。臓器が盗まれた。探してください、と」
「警察……すぐ来てくれました?」
「来ましたとも。……まあ、半信半疑でね。それでも、愛人が遺体の髪の毛を切っていくとか、遺骨を盗むとか、遺体や遺骨に関わる窃盗は全くないわけではないらしく、いろいろ事情を聞かれました。
そして、確かに遺体には内臓がないわけだから、病院に問い合わせてくれた。そうしたら、解剖後の臓器は返却の義務はないって、病院が言っていると。解剖承諾書にはサインがあるから、法的に問題はないと言うんですよ」
「そうなの?」
「びっくりでしょ? もちろん、ああそうですか、なんて納得できるはずがありません。翌日、すぐに病院に行きました。そんな説明は受けていない。『解剖しますか?』『します』『原因がわからない場合もありますよ』『了解しました』、それしか話してない。
解剖は頼んだけど、臓器を渡す約束なんかしていない! よしんば臓器があってもなくても、縫合くらいちゃんとして返してくれると思っていた。それが、何の説明もなく、人の体の中に水道管を入れて返してきた。これが病院のやること?」
伸枝の目は、憎しみでギラギラと光った。