「どうぞお入りください。散らかってますけど。すみません」

伸枝は力なく笑みを浮かべてまさ子をいざなった。

玉すだれの暖簾を分けると、初期の公団住宅の典型である台所と居間がある。壁は砂壁、残りは全て襖で、それを開けると押入れなのか、それとも次の間に続くのかはわからない。

真正面の壁ぎわには腰高の食器棚があり、その上に充の遺影が花束と共に置かれていた。

「今日は本当にご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」伸枝は深々と頭を下げた。「びっくりしました。充くんが亡くなったことも知らず……お参りさせていただいて構いませんか?」

「はいもちろん。ありがとうございます」

遺影の充は、優しそうな笑顔を浮かべている。

「お茶を入れましたので、こちらへ」

促されたまさ子がダイニングテーブルに座ると、伸枝も真正面に座った。

「今日はありがとうございました。病院で暴れている女なんて、避けて通りたいものなのに。知り合いならなおさら、知らんぷりされたって仕方ないのに、助けてくれて、家まで送ってくださって、感謝しています」

まさ子はその語り口を聞いて、自分の知っている伸枝とは、どこか違っているように感じた。

(こんなに凜とした、しっかりした人だったかしら?)

「城田さん、あそこに、外来にいらしたということは、息子さん……透さんでしたっけ、退院されたの?」

「いいえ、まだ入院中です。一緒だったあの病室から、二人部屋に移りました」

「二人部屋に。城田さんも聞かれたんですか? 二人部屋か、八人部屋かって」

「ええ」

「それでお加減は?」

「リハビリを続けていますが、なかなか」

息子を亡くした母親の前で、自分の息子の話をどうすれば彼女を傷つけないのか、うまく言葉が出てこない。

次回更新は1月20日(火)、14時の予定です。

 

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