「敷地内から出てください! 警察を呼びますよ」と厳しい声で追い立てる。
「息子を返せ! 息子を返せ!」
高橋伸枝は再び彼らに立ち向かっていった。しかし屈強な男たちの厚い胸板は、非力な女が素手で叩いてどうにかなるものではない。細身の伸枝はその反動で、後ろにはね飛ばされてしまった。
「乱暴しないでください!」
まさ子はようやっとそう叫び、伸枝に駆け寄った。ガードマンは困惑顔だ。
「何もしていませんよ。手を出したのはこの人の方だ。自分で転んだんじゃないか」
「そうだけど、そうだけど……」
「これ以上言うことを聞いてくれなければ、本当に警察を呼びますから」
「待ってください! ……知り合いなんです。私が家まで送りますから……」
その言葉を聞いてほっとしたのか、ガードマンたちはまさ子に一礼し、病院の中に戻って行った。まさ子は伸枝の背中をさすって言った。
「大丈夫ですか? おうち、市内ですか? お送りします」
「ううううううう……充〜〜〜!」
背中に当てたまさ子の掌に、伸枝の慟哭(どうこく)が響く。息子を失った母の深い嘆きであった。
***
伸枝の家は、病院の最寄り駅からバスで十分もかからない、大規模団地の一角にあった。エレベーターのない五階建ての五階。狭い階段の両側に一つずつ住居がある、ひと頃は日本中に建てられた、昔ながらの公団住宅である。狭く折れ曲がった階段やこぢんまりとした踊り場を五階分上りながら、まさ子は思わず不謹慎な想像に駆られた。
(充くんが亡くなって、その棺はちゃんとおうちに運び込めたのだろうか)
(またもし、充くんが無事に退院できていたとしても、こんなエレベーターなしの五階では、自宅療養は難しい……)
まさ子には、とても他人事とは思えなかった。