この光景を見ても先生方は、何ら動揺(どうよう)することはない。注意をすることも𠮟(しか)りつけることもない。ただ、ひたすらブツブツと経(きょう)を唱(とな)えるような授業を続けるのであった。
この高校で培(つちか)われた生徒たちの研(と)ぎ澄(す)まされた感覚(かんかく)は、ある意味、実に見事(みごと)なものだった。先生のありがたい経(きょう)が終わると、手慣(てな)れたもので見事なほど「パッ」と目を覚(さ)ますのだった。
清水慎太郎先生が着任(ちゃくにん)してから何年経(た)っても、この光景(こうけい)は変わらなかった。
文化が引き継(つ)がれるのか偶然(ぐうぜん)なのか、清水先生が教室に入ってくると、毎年、生徒たちは一斉(いっせい)に拍手喝采(はくしゅかっさい)で迎えた。
「おいおい、お前たち、今日は歌わないぞ。楽しいことはないよ」
「先生、いつものように『青い山脈』を歌ってよ。元気が出るよ」
「~♪」と歌の前奏(ぜんそう)をする生徒もいた。
清水先生は、まだ三〇過ぎなのに、もうお爺(じい)さんのように頭が白髪(しらが)だらけだった。その上、牛乳瓶(ぎゅうにゅうびん)の底(そこ)のような度(ど)が強くレンズの厚(あつ)い近眼鏡(きんがんきょう)をかけ、三六五日、色があせた野良着(のらぎ)のように見える背広(せびろ)(スーツ)を着ていた。
丁寧(ていねい)に、スルメイカのようなネクタイをしめていた。いつでも同じネクタイなので煮詰(につ)めれば良い出汁(だし)が出るのではと思われた。
でも、清水先生は理系(りけい)の先生、不潔(ふけつ)な服装(ふくそう)は健康に良くないことはわきまえていた。適度(てきど)な時期に、しっかりと洗濯(せんたく)をしていた。
どう見ても、先生には向かない、物語(ものがたり)だけに出てくるようなダメ教師の典型(てんけい)に見えた。
授業中でも、こんな会話(かいわ)が飛(と)び交(か)った。
「先生は、女にモテないよ。結婚(けっこん)できるか心配(しんぱい)だよ」
次回更新は1月21日(水)、11時の予定です。
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