それまでの日本人にとって居住環境とは、あるがままの「やさしい」自然条件のなかで、伝統的知恵にくるまれ安心感に満たされる場所感覚だったのだろうと思う。住宅に於いては、基本的に温暖な気候の条件下、茅葺き屋根などでの日射や寒冷への自然素材を活かした対応で十分に「しのぐ」ことができたのだ。一部の東北地域は別として。
蝦夷地、のちの北海道での「いごこちの科学」研究の進展によって、この居住環境研究は今日ほぼ完成レベルにまで到達してきたと言える。今日北海道では、あえて「住宅性能」を謳い文句にするアピールは、ユーザーにダイレクトには「響かなく」なってきている。
それは当然の前提という認識が一般化している。温暖地域では「エコハウスコンテスト」というようにカタカナ語での住宅性能イチ押しアピールが言われるけれど、こういった「エコ」感覚と北海道の切実な寒冷対応の経験知とはやや乖離があって、勢い北海道の作り手からはほとんど応募がなく、大きな興味が寄せられていないのが現実。
すでに基本的な「解決」がされたテーマについて、ことさらに「差別化」項目として認識されないということだろう。そういう本州以南の目線で「評価」されることと、寒冷地北海道で「評価」されることの実質に大きな距離感がある。
たまたま興味を持ったこの芥川龍之介の作家活動を専念するスタートの地での、ボヘミアン・自由闊達な過ごしようの環境に触れることができて、寒冷地の人間としてその気候風土の「天国」ぶりに目を見張らされる気がしてならないのだ。
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