穏やかな心情で介護を行うためには

介護とは、避けて通ることのできない運命のようなものであり、何故か肉親とは縁が薄かった私が、本当の意味で家族というものを理解する時間となりました。

私はひたすら母のことを思い、それがうまくいかないことに苛立(いらだ)ち、逆に父親に対しては、憎しみに似た気持ちを持って生きてきました。

介護をしてきた時間の中で、両親に対するそれらの思いは、どちらも同じく「愛されたい」という思いの裏返しであったことに気がついたのです。

だからこそ、両親だけでなく、私と縁があって夫になった人に対しても。私の人生に関わってきたすべてに対して、感謝をして終わりたいのです。生きることがあまりにへたくそで、この気持ちに気付くまでに、50年以上かかってしまいました。

それでも今、私の弱い部分も含めて、私の人生の中で、無駄なことなど何もなかったと思えるのです。私は、母を介護し自身も多数のケガや病気を経験したからこそ、今の自分になれたと自信を持って言えます。

だからこそ、お互いの心に波風が立たないように介護をしていくことが目標であり、そのために「自分の気持ちを溜め込まない」「焦り過ぎない」「自分の時間を持つ」の3点に注意しています。

介護をするのが、自分の肉親の場合と相手の親の場合では、多少状況が異なるかもしれません。

自分の肉親の場合の方が、双方遠慮しない分、最初のうちは修羅場です。自分の親の場合も相手の親の場合も、ともに時間が解決してくれると、今になっては言うことができますが、それまで別居していた親を、いきなり面倒見てくれと言われても、戸惑うことばかりです。

しかし、いくら戸惑ってもいいと思います。

その戸惑いを、あなたの気持ちのままを、言葉に出して相手に伝えられるようになればいいのです。当時私自身が30代前半で、若くて至らなかったこともあり、今では考えられないような失礼なことを夫の親によく言っていました。

それでも向こうができた方だったので、「あなたは、思ったことをそのまま口に出して言うから、お腹の中には悪いことがなんにもなくていいわね」と、笑って許してくれました。

ひとえに、義母の人徳のなせる業だと思いますが、言いたいことを言えたからこそ、私も無理なく義母と付き合えたのだとも思います。親に対して言いたいことを我慢していては、長い介護を続けていくのは非常に難しいことではないでしょうか。

人はどうしても自分の都合の良いように物事を考えてしまい、その通りに事が運ばないと、相手に対して苛立ったりします。対高齢者の場合、その傾向が強くなるように感じます。しかし、それでいいのです。

時には喧嘩のようになっても、言葉の衝突を繰り返す中で、徐々に相手に対するあんばいが理解できて、自分の気持ちも制御できるようになるものなのです。

次回更新は1月5日(月)、18時の予定です。

 

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