【前回の記事を読む】1948年、19歳で母を糖尿病で失う――あまりにも若すぎる別れが彼女の人生を大きく変えた

第1章 介護を通じて育む家族の愛

母の人生を振り返ることで気がついたこと

祖母は自分の息子のことを知り尽くしていて、先に謝ってくれたんだと、よく私に言っていました。

結局、老後になると、夫婦の関係も向き合う日が必ず訪れるということを、両親を見て痛感させられました。

一方で、私と母の関係も昔は、一筋縄ではいかないものであったように思います。

暴力的だった父親から愛情をもらえなかった分、幼い頃から、私の思いはすべて母に向かっています。

しかし、思いが強くなればなるほど、相手に自分の持っている理想像を求めてしまっていました。

たとえば、母は私に、レベルの高い大学に進学してほしかったと言っていましたが、私は勉強が嫌いな子どもで、とてもじゃないですが、その要求に応えられませんでした。そして、私は私で、なんで私の嫌がることをさせようとするの? もっと私のことを見てよといった具合です。

思いとは裏腹に、母との関係は、ぎこちないものへとなってしまったのです。

今、母の人生をこうして振り返ってみると、完全な人間が存在しないように、完全な親もまたいないという思いを強くします。それは介護をして、親を助けるようになってから改めて気付かされた真実でした。

月日が経って理解しましたが、母もその日生きていくのに、必死だったのだと思います。

母の晩年は、娘の私とともに闘病してきた人生でした。本人は、痛いことや辛いことばかりで、良い運を若い頃に使い果たしてしまった、と愚痴ってばかりいます。

私はそれでも、母が御年85歳まで生きていてくれて、時折でも笑ってくれるだけで嬉しいです。今は最期まで一緒に居られるであろうことにただただ、感謝しています。

完全な親なんていない。それに気が付いた時、母に優しくなれました。