まえがき
私の家の庭には、大きな桜の木がありました。
実家を建ててくれた祖父母が、特にこだわったものでした。
同じく私の母が大好きだった花が桜です。
毎年ゴールデンウイーク前になると、大輪の花を咲かせる見事な八重の桜でした。
日本人なら誰でも、桜にはきっと思い入れがあると思いますが、親を見送る年齢になった私には、ひとしおの想いがあります。
その桜の木が突然枯れてしまい、根元から伐採され、今は家の庭からなくなりました。
今から2年前の、夏を過ぎた頃です。
ちょうど私の母が、老人ホームに入居した夏でした。
私が母の介護を始めてからの19年、今日までのこの長い年月は、病気に対する母と私、それぞれの格闘の歴史であると同時に、お互いのことを思いながらもすれ違ってばかりいた母との関係、そしてこれまで築いてきた家族の形態を今一度、見つめ直した時間でもあったように思います。
介護という現実にぶつかって気付かされたのは、仲が良かろうと悪かろうと、それまでの関わり合いなど関係なく、親が存命な限り、子どもには親の介護について考えさせられる時期がくるということ。その当たり前のことに私は目を背けていたのです。
物質的にも精神的にも何も用意をしていなかった私は、突然の出来事に翻弄(ほんろう)されたまま、戸惑い、悩み続けて今日まで歩んできました。
本書は、同じように介護で悩んでいる人たちの心に寄り添えたり、これから介護をしなければならない人たちに介護とはどういうものかを伝えられたりするかもしれないと思い、筆を執ったものです。
私自身の反省も含め、介護にあたって感じたことを項目ごとに記してあります。読者の方々の何かしらのお役に立てていただければ幸いです。