【前回の記事を読む】自宅が火事に遭ってから、ずっと欠席のクラスメイト…「逃げ遅れた父親が亡くなった」と聞いていたが…

第四章「何もない」

(…………さて)

電話しよう、そう思ってからもう二時間が過ぎた。

よくよく考えたら、女子の家に電話をするのなんて、小学校四年生のときに仲がよかったグループで遊ぶ約束をしたとき以来だったような気がする。そのころ僕はまだ子供だったし、男子が女子の家に電話をすることに対しても深く考えていなかった。

僕も雪野さんもまだ携帯電話を持っていないから、彼女がすぐに出てくれるとは限らない。おじいちゃんやおばあちゃんが先に出たらどうしよう。引っ越しですごく忙しいかもしれない。

それに第一、彼女になんて言葉をかければいいんだろう。考えれば考えるほど、電話をかけることを躊躇してしまう。

(でも……きっと彼女は不安でいっぱいだ)

意を決して番号を押し、受話器に手を伸ばした。

~~~~~♪

「はい、雪野です」

「えっ……」

ワンコールも鳴っただろうか。すぐに取られた受話器と、彼女自身が出たことについ驚いた声を出してしまった。

「……えっと、黒田……くん?」

「え? なんで……」

「声でわかるよ」

ふふっと受話器の向こうからいつもの優しい微笑みがもれたのが聞こえた。この三年間、何度も何度も僕に微笑みかけてくれた彼女が電話の向こうにいる、それを感じて少しほっとしていた。

「……電話」

「あ! その、ごめん。先生に勝手に聞いちゃって」

彼女の言葉を遮り、急に電話をかけたことを謝る。彼女も僕から初めて電話がかかってきて驚いているに違いない。焦って言い訳と謝罪を重ねてしまうが、僕が彼女にかけたかったのはこんな言葉じゃない。

「ごめん、その……家が……お父さんが……引っ越しもするって聞いたのに……大変なときにごめん。でも、心配で……」

「ううん。電話ありがとうって言おうと思って」

「え?」

「……寂しかったから。その……お父さんまでいなくなっちゃって」

「……うん」

「怖くて、私、必死で外に出て」

「……うん」

「隣の部屋に、お父さんがいたのに……私……一人で逃げたの」

「……うん」

受話器の向こうからは、今にも消えてしまいそうな彼女の声と、すすり泣く音が聞こえた。あとから知ったニュースで、火の回りがすごく早くて、彼女の家は全焼だったと知った。

そんな恐怖の中に彼女はいて、そしてそのせいでお父さんを亡くしてしまった。絞り出すような彼女の悲痛な声を、僕はただ聞いていることしかできない。

「私……ごめん……」

「……ううん」

「私のせいで……お父さんまで……」

「──雪野さんは悪くない!」

ハッとして、つい大きな声を出してしまった。「私のせい」と自分を責める彼女の言葉を聞いたのは二回目だ。お母さんが亡くなったのは、熱を出して早退する自分を迎えに来たせいだと言っていた。

あのときは何も言葉をかけてあげられなかったけど、雪野さんは何も悪くない、それだけははっきりわかっていた。お父さんのことだってそうだ。誰だって火に囲まれたらとてつもない恐怖を感じて、自分が逃げることで精いっぱいだ。