第三話 『ある花魁絵師の恋』誓い
吉原に一つしかない大門を通り抜け、仲ノ町に足を踏み入れながら、僕は大きくため息を吐きました。
「会いたい――でも会いたくない」
物憂げに秋入梅(あきついり)の空を見上げながら、自分が初めて吉原に来た日のことを思い返しました。
僕が吉原に通い始めたのは、まだ桜の蕾が膨らみ始めた頃。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大店の豪商が、近々、身請けする花魁の艶姿(あですがた)を残したいと、美人画を得意とする絵師である僕に白羽の矢を立てたのが始まりでした。
廓(くるわ)遊びなんてこれまで縁のなかった僕は、気後れしつつも、普段、贔屓にしてくれる大旦那の頼みを断ることもできませんでした。
顔合わせをした瞬間、身請けが決まった花魁である深雪(みゆき)太夫の、あまりの美しさに僕は固まってしまいました。通人気取りの大旦那はそんな僕の様子にガハハと笑いながら、「どうだ、なかなかの傾城だろう? ワシに愛想がないのは珠に瑕だが……しばらく妾宅(しょうたく)で仕込めば、ちったぁ大人しくなるだろうさ……なぁ?」といって、深雪太夫の左頬をぐわっと掴みました。
普段から深雪太夫のことを、まるで心通わぬ人形のように扱う大旦那の振る舞いに嫌気をさして、太夫はついと顔をそむけます。
「そうして虚勢を張っていられるのも今のうちだけ――艶絵が完成したら身請証文を楼主に差し入れてやる。そうすりゃ、その金襴(きんらん)の打掛や髪飾りも見納めだ。かつての艶姿をさめざめと偲ぶ形見くらいにはなるだろうよ!」
「――てなワケでセンセぇ、つつがなく頼んだワ、グハハ……」そう言い残して大旦那はドカドカと本部屋を出ていきました。