【前回の記事を読む】数カ月の家事手伝いのつもりが看護になり、いつの間にか介護に……数年かけて判明した母の病名は――

第1章 介護を通じて育む家族の愛

19年間の介護によって気付かされた母への思い

何故、そのような関係になってしまったのか。親子でも、わかり合う努力が必要だったと私は痛感しています。臭いものに蓋(ふた)をして、お互いを見て見ない振りをしていたのです。

介護をしていく中で私たちも少しだけ蓋が取れたのではないでしょうか。最近、気が付いたことがあります。私はやっぱり母が好きであることと、この思いを母に寄せられる時間はもう少なくなっていることです。

私には、親を看取ろうという強い信念があります。特に母に対しては、幸せにしてあげたいという気持ちを今でも強く抱いています。

今はもう言葉は通じなくなってしまい、私が娘であるということもわからない日がありますが、「どうか穏やかな顔で逝ってください」とただそれだけを願っているのです。

そして、母が逝き、すべてが思い出に変わった頃、私が特に懐かしむのは、汗をびっしょりとかき、荷物を抱えながら母の車椅子を押して、長く続く上り坂を、息を切らしてどこまでも上った日々であり、親子喧嘩を繰り返しながらも母の好きなものを探して、遠くのスーパーまでテクテクと歩いた、今の日々のような気がします。

介護が必要となった時、その人を愛せるタイムリミットが近づきます。