父方の祖母と、私の母は、宗教をしている家がどんなところかを、まったく知らずに嫁いできたそうです。
そのため祖母と母は、晩年に至るまで、騙(だま)されて連れて来られたと言っていました。
祖母も母も僧侶という職業に期待し過ぎていたと考えます。特に祖父は対外的に偉いとされていた人なので、結婚前の祖母の期待はとても大きく、良い生活を送れるし、夫もきっと包容力のある人だろうと思っていたのでしょう。しかし、祖父の時代は、経済的には今より遥かに良かったようですが、妻子には特に厳しかったようです。
母は、一緒になった父が普通のサラリーマンだったので、宗教とはまったく関係なく、日曜日がお休みの穏やかな生活が送れると信じていました。
そのため、毎日の朝夕のお勤めや普通より豪華な法事をしなければいけないこと、祖父母と同居してからは、家に頻繁にお客様が来てもてなさなければならないこと、室内に設営されている仏様を折に触れては拝み、お題目を唱えなければならないことに、最初は戸惑いを覚えたそうです。
初めは小さな違和感だったのでしょうが、祖母も母も時が経ち、いろいろなことが積み重なるうちに、夫との間には深い溝が生まれてきたようです。
祖母は息子の嫁である私の母に、必要以上に気を遣っていたと思います。
祖母が亡くなるその直前、母に「あんた後悔してないかい」と、何度も尋ねたそうです。
母はこの時まだ40代で、人生の中でもっとも健康でかつ仕事も脂がのっていた時期でした。父親は、瞬間湯沸かし器のように、私や母を怒鳴るような人でしたが、自分は、自分の人生を楽しめばいいと考えていたため、祖母に言われた言葉の意味がわからなかったようです。
しかし、自身が難病を患い、娘の私に頼らないと生活もできない現状になり、夫婦もお互いのことに向き合わなければならなくなりました。それなのに、なおも何もしない夫に、改めて愛想をつかしたようです。
次回更新は1月3日(土)、18時の予定です。
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