母の人生を振り返ることで気がついたこと
私の母は、1929年5月15日に横浜で7人きょうだいの3番目の女の子として生まれました。
実家はとても裕福な商家で、何不自由なく育ったそうです。
学生時代は学力優秀で、スタイルも良く、10代までは、戦争が起きたこと以外は幸せだったと言っていました。
1948年、彼女が19歳の時に、自分の母親を私と同じ糖尿病で亡くしました。思えばそこから母の苦難は始まったのです。
実家がお店を経営していた頃は、定休日はなかったそうで、大晦日も元日も関係なくお店は営業しており、彼女は、1年中、母親の代わりに、毎日20人分の食事を3食作っていたそうです。
「若い時は、日曜日に休めるサラリーマンの家庭に憧れた」と彼女が言っていたのを憶えています。
お店を手伝いながらも、ドレスメーカーという服飾デザインの専門学校を卒業しました。ソーシャルダンスが趣味の、当時としてはかなりおしゃれな人だったそうです。
29歳で結婚して30歳で私を出産。惚(ほ)れた腫(は)れたで、結婚できる時代ではありません。縁のある人に勧められ、父と結婚してしまったのだと思います。
私の父方の祖父は、ある宗教の階層の高い僧侶でした。
当時の政治家や大会社の偉い方とも繋がりがあり、私が幼少の頃は、知らない大人がやたらに親切にしてくれ、祖父と歩いていると、私にまでペコペコして違和感を覚えました。
祖父は普段、お寺や海外を布教して回っていたので、ほとんど家にはおらず、祖母と私の父親が家の中の一切を取り仕切っていました。たまに帰って来る祖父は、昔軍人だったので妻子にとても厳しかったと聞いていますが、たったひとりの内孫の私にだけは、頭を撫(な)でてくれた優しい祖父の記憶しか残っていません。