長男のこと
私には子供が3人いる。長男の晶は1973(昭和48)年に生まれ、すでに50代に入っている。長男の誕生当時、我々は米国の首都ワシントンDC(コロンビア特別区District of Columbia)に住んでいた。
以後私の転職に伴って、メリーランド・ペンシルべニア・テキサス・マサチューセッツと、家族はいろいろな州を転々と引っ越した。長男は、小学校はペンシルべニア州のフィラデルフィア市で、中学・高校はテキサス州ダラス郊外であった。
高校を卒業してテキサス州立大学のオースティン校に入学したときに、休みに里帰りで帰宅することはあったが、親からは独立した。
テキサス州立大学システムでは8つの大学が州に分散している。オースティンにあるのが本校で、現時点で学部生と大学院生合わせて5万人の学生と3000人の教職員がいるマンモス大学である。
長男は建築学部建築専攻と工学部建築工学専攻の合同プログラムに進んだ。6年で両方の勉強ができる。話を聞くと、建築の方はたいへん創造的で、一晩中スタジオでみんなと模型を作ったり図面を描いたりで、とても楽しい時間を過ごすことができたそうだ。
空間とか照明がどれくらい人間に影響するか考えたこともなかったので、とても勉強になったということだった。いまでもこの右脳の訓練はたいへん役に立ったと言っている。
一方、建築工学は数学と化学の勉強で、本当に論理的に考え、そして必ず答えがある問題ばかりだったという。どっちもなかなか難しい専攻で両方できる人は少なかったので、比較的うまく学習できたことは、彼としては一つの誇りに感じていたという。
卒業して初めて就職したのは、サンフランシスコの建築会社だった。大学のあったオースティンとサンフランシスコの人口を比べると、いまでこそややオースティンの方が多いくらいだ(2020年オースティン96万人、サンフランシスコ87万人)。