しかし、今のこの時間はいつも余裕をもって楽しんだり、面白がったりして味わうことばかりではありません。辛かったり、不安だったり、怖かったり、ネガティブな感情が先行していると、気持ちには余裕がなくなり、今のこの状態を「感じる」ことはあっても「味わう」までに至らないこともあると思うのです。
それでもいつか、そうした余裕のない時の自分に思いを馳せる日がきた時に、その過去の人生を「どう味わうか」によって、それは「時を味わう」喜びに繋がっていくのではないかと思うのです。
そして過去をどのように味わうかと考えると、そこにはある種の「美」と「ユーモア」が必要になってくるのではないかと私は考えます。
日本には古来、物事の対象を外側から余裕をもって見るような美意識を表す「をかし」という言葉や、物事を客観的に分析しながらも、深くしみじみとした感動を表す「あはれ」という言葉があります。
日本人の心には本来この「をかし」や「あはれ」といった様態を受け入れて物事を眺めるようなしみじみとした奥深い美や、ユーモアが存在しているような気がします。
自分の過去を振り返り、「すごく緊張して眠れなかったなぁ」「切なくて食べ物も喉をとおらなかったなぁ」「辛くて思わずこんなことをしてしまったなぁ」このように自分にしか持てない「美」と「ユーモア」で過去の自分を振り返れば、自分の過去をさらに味わい深いものに変化させていけるのかもしれません。
そして今この時も、「温められた時間を味わういつか」を楽しみに、精一杯生きてみようと思うのです。
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