【前回の記事を読む】こんなに汚い病室に息子を入れるなんて……意識がなくても人として扱われていない
第一章 事故
再手術は無事に終わった。
が、そこで発覚したのは、最初の緊急手術の杜撰さだった。坂本は、再び面談室にまさ子夫婦を呼び出した。
「シャントのカテーテルがしっかり腹腔に固定されておらず、髄液がきちんと吸収されにくい状態でした。……といってもわかりませんよね。松井医師からシャント術の説明は受けましたか?」
「はあ、なんとなく。髄液を流すんだとか」
「シャント手術は、たまってしまう脳脊髄液を、体内の他の場所へ逃がして吸収させる手術で、脳脊髄液の排出経路を新たに作る、いわゆるバイパスのようなものです。
どこに流すか、バイパスの経路はいくつかあるのですが、城田さんの場合は、脳室からおなかの中へ流す『脳室腹腔シャント』の手術をしました。
頭蓋骨に小さな穴をあけて脳室カテーテルを挿入します。このレントゲン写真を見てください。カテーテルがどこにあるかわかりますよね。チューブのようなものです。
一方で皮下、つまり皮膚の中にも、バイパスとなるシャントシステムを通すので、通り道にいくつか小さい切開をして、腹腔カテーテルを通します。
この図をご覧ください」
坂本はまさ子たちに一枚の紙を渡すと、説明を続けた。
「ここに脳室の圧を調節するバルブがあって、皮下に通したカテーテルと脳室カテーテルを接続した時に、脳脊髄液の流出がスムーズか確かめた後に、最後の仕上げとして腹膜を少しだけ切開して腹腔内に腹腔カテーテルの端を挿入します。
わかりました? 説明早すぎたかな。とにかく、このシステムによって、脳内の髄液は増えずに一定となり、腹腔に流れた髄液は腹膜から吸収されて体内で戻ります」
まさ子は渡された一枚の図と、示された息子の頭蓋骨のレントゲン写真と見比べるが、ちっとも理解できない。
「このシャントによる髄液の循環がうまくいっていませんでした。ですので当面は、髄液を体内に戻し循環させるのではなく、ドレナージという方法で、髄液を体の外に流すようにします」
まさ子には何がなんだかわからなかったが、幹雄は理解できていたようで、すかさず質問をする。
「当面、ということは、しばらくしたら、また手術をするということですか?」
「いえ、もう手術は不要です。カテーテル挿入のための小切開や、その部分へのカテーテル挿入は終わっていますので、髄液の量が安定したら、カテーテル同士をつなげればそれで体内に髄液を戻せます」
「なるほど」
「あなた、わかったの?」
「うん」