「理解していただけて良かったです。あと、MRSA感染がご心配ということなので、傷口などに抗生物質を多めに処方しておきました。息子さんは、これまであまりご病気やお怪我をされたことがないようなので、薬も効くと思います」

「ありがとうございます!」

まさ子が笑顔になったのを見計らい、坂本がゆっくりと切り出した。

「では、このまま当病院で治療を続けてよろしいですね。申し送りによりますと、転院を希望されていたとか」

「まさ子、お前、そんなこと言ったのか!」

「だって! MRSAが!」

「ご心配ですよね、わかります。それで、いかがでしょう?」

「坂本先生がずっと主治医でいてくださるなら、どうかこのままよろしくお願いいたします」

「僕でよろしいでしょうか」

「はい」

「ありがとうございます。では、明日一日様子を見て、安定していれば入院棟にお移りいただきます」

まさ子と幹雄は深々と頭を下げながら、面談室から退出した。

二人と入れ替わるように、ナース長が入ってくる。

「どうでした?」

「納得しました。旦那のほうがやっぱり説得しやすいですね。理論でいけるから」

「それで、医療ミスとかそういう話は?」

「なし」

「カテーテルの抜き忘れも、MRSAのことも?」

「セーフ。場合によっては一回くらい謝るのは覚悟してましたけど、それもなしで」

「じゃあ転院の話も……」

「僕が主治医なら、ここでいい、ということです」

「さすが坂本先生ですね」

ナース長が持ち上げると、坂本は肩をすくめた。

「そんな大したことじゃないですよ。当世流行りの『インフォームド・コンセント』です。わかりやすく説明して、あとは不安なことを聞いてあげる。傾聴ね。聞いてくれたっていうだけで、患者や家族はかなり安心するんだから」

坂本は、最近U総合病院に移ってきたばかりだ。腕のいいのを見込まれてリクルートされたが、彼は技術だけではなく、医師と患者の関係においても、新しい診療のあり方を持ち込もうとしていた。

その坂本から見ると、この病院の医者の多くは、「医者が一番偉く、患者は『治していただく』医者をありがたく奉るのが当然」といった旧態依然の考えを持っているように感じられてならない。

(あと十年かそこら経てば二十一世紀だというのに……)

最近は医療ミスに対する風当たりも強い。丁寧に説明をしておけば、それだけで訴訟など起こされずに済むものもたくさんあるのに、と、坂本は思うのだった。

「それにしても、松井ドクターはいつもやらかしてくれる。手術もいい加減だが、口の方もちょっと気を付けてもらわないと。あ、そうそう、リカバリー室、清掃をもう一度入れたほうがいいですよ」

「知りませんよ、事務長は私からだといろいろ文句言うから。直接頼んでください」

「はいはい、わかりました。ナース長にはかないません」

ナース長が出ていくと、坂本は城田透のカルテに大きくチェックの印をつけ、やれやれ、というようにほっと一息ついてペンを置いた。

 

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