麻利衣は千晶が指定した東京ドーム付近の焼肉屋の個室で彼女と合流した。

「どうしたの? その眼鏡」

麻利衣を見るなり千晶が言った。彼女はショートヘアで黒のハイネックにベージュのジャンパースカートを身に着けていた。ピアスやネックレスもハイセンスで快活かつお洒落な彼女の個性を表現していた。

「ああ、これはちょっと転んじゃって……」

「相変わらずドジね、麻利衣は。でもそこが麻利衣のいいところでもあるけど」

千晶は微笑んだ。

「いいところなんかじゃないわよ。もう人生やめたいわ」

「そんなこと言わないの」

和服を着た女性店員が注文を取りに来た。

「シャトーブリアンコース2人分で」

「かしこまりました」

「えっ、シャトーブリアン? 私、そんなお金ないよ」

千晶の注文に麻利衣は目を丸くした。

「大丈夫よ。これは麻利衣の激励会なんだから私が全部出す。その代わり、医師を諦めるなんて言わないで、あと1年頑張りなさいよ。私、こう見えても麻利衣に感謝しているんだからね」

増田千晶の実家は都内で有名な脳神経外科病院を経営している。クラスでも一、二を争うセレブで、そのせいか彼女は周囲に鼻につく態度をとることが多く、直言居士な一面もあった。そのせいで幾分クラスで孤立していたのである。

貧乏な田舎者を引け目に感じてやはり周囲になじめなかった麻利衣は彼女の方から声をかけられ親しくなった。いじられることも多かったが、それでも友達の少なかった麻利衣にはありがたい存在だった。

2人1組で行う実習の時はいつも彼女と組んでいたし、週末には彼女の誘いで普通ならできないような貴重な体験もいろいろさせてもらったのである。

シャトーブリアンに舌鼓を打ち、ビールジョッキを飲み干していい加減に酔いが回ってきた麻利衣がぼやいた。

「でも、2回も国試落ちるなんてやっぱり私、才能ないのかも。もう別の仕事に就職しようかな」

「そうなの。何か残念ね。まあ、麻利衣がどんな選択をしても私は絶対応援するから。それで仕事の当てはあるの?」

「ううん。でもね、今日妙なことがあったの」

「妙なこと?」

麻利衣は橋の上で顔に吹き付けてきた不思議な求人広告や高層マンションの屋上で出会った謎の美女について千晶に説明した。

「タリス超能力探偵事務所? 何それ、面白い」

千晶は笑い出した。

「絶対詐欺に決まってるよね。でもね、すごい美人だったんだ……あの人にもう一度会えるのならちょっとくらい騙されてもいいかも……」

千晶が急に真顔になった。

「じゃあ、会ってみる?」

「え? 千晶、あの人のこと知ってるの?」

「ううん、知らない。ただ、ちょうど今、探偵を雇おうか迷っていたところだったの」

次回更新は12月20日(土)、21時の予定です。

 

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