【前回の記事を読む】「実力不足」と家庭教師をクビになった日、道で男とぶつかって眼鏡を破損。さらに顔に飛んできた紙には、信じられない悪口が…
サイコ1――念力殺人
最上階について事務所のドアの前に立つと、「タリス超能力探偵事務所」と書かれた銀色の表札が掲げられていた。心臓が激しく鼓動するのを感じながら彼女はインターホンのチャイムを押した。
やはり画面は消えたままで返事もなく、ドアのロックがガチャっと解除される音がしたので彼女はおずおずとドアを開けたが、玄関に人の姿はなかった。
「あのー、求人広告を見て来たんですが……」
奥に向かって声をかけたが何の返事もなかった。
「失礼します」
彼女が靴を脱いでスリッパに履き替え、右手にバスルーム、左手にキッチンを見ながら廊下を進むと、そこには30帖はあろうかという広いリビングが見えた。
床も壁も天井も白一色で統一され、手前には応接用の黒いテーブルとそれを囲む白いソファが据え置かれていた。
角部屋のため南と西に向いた窓からは夕陽に輝く東京湾や彼方の煙霧の中に聳え立つ高層ビル群を爽快に見渡せた。部屋の右側には屋上に繋がる銀色の螺旋階段があり、この部屋の住人だけがマンションの屋上を独占しているようだ。
だが彼女を驚かせたのは部屋の壮麗さではなかった。先程のテーブルとソファは不自然に手前側に引き寄せられており、そのお陰で空いた中央の広いスペースに頂点が天井まで届くほど大きな白いプラスチック製のピラミッドが鎮座していたのである。
彼女がおそるおそるピラミッドに近づくとその側面に扉が取り付けられているのに気づいた。きっと中に人がいるに違いないと思い、彼女は声をかけた。
「あの、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
返事はない。思い切って扉を開け中を覗き込んだ瞬間、黒い影が彼女の顔面に突然襲い掛かってきた。
「ぎゃあ!」
彼女は驚いて尻餅をついた。黒い影は彼女の体を踏みつけにすると、ソファの背もたれの上に飛び乗りこちらを睨みつけたので、彼女はようやくそれが金色の眼をした黒猫であることに気づいた。
「猫……もう、びっくりさせないでよ」
猫は彼女が恐れるべき相手ではないことを知ると、舌で身繕いしてからソファを飛び降り、尻尾を震わせて悠然と螺旋階段を上り始めた。
きっと猫の主人は屋上にいるに違いないと思った彼女はその跡を追って階段を上っていった。猫はドアの前で待っていて、ついてきた彼女を振り返った。
ドアを開けると屋上は幻想的な夕暮れの空に浮かんでいるようだった。夕焼けのオレンジ色の帯の中の高層ビル群の屋上には赤い航空障害灯が瞬き始め、ビルの陰影はまばらに窓の灯りが点り、巨大な影絵になろうとしていた。