屋上の床は一面ウッドデッキになっており、中央には温水プールがあり、水面が緩やかに波打ち夕陽の光を散乱させていた。プールの前に寝椅子がこちらに背を向けて置いてあり、誰かがそこに座っているようだった。黒猫は優雅な足取りで寝椅子に忍び寄ると寝椅子に横たわる人物の膝に飛び乗った。
「すみません。お返事がなかったものですから勝手に上がって来てしまいました。私……」
「言うな」
その人物はこちらを振り向きもせず言ったが声で女性だと分かった。
「え?」
「言わずとも私には分かる。あなたの名前は石川愛。歳は31歳。星座は射手座。血液型はB型。静岡県富士宮市で民宿を営んでいる。今日は富士山が次いつ噴火するのか心配になり、それを知りたくてここに来た。そうでしょう?」
「いえ、全然違います。私は那花麻利衣です。ここにはこの求人広告を見てきました」
その女がおもむろに腰を上げると猫は慌てて膝から飛び降り、プールサイドぎりぎりに着地した。女がこちらを振り向いてすっと立った瞬間、麻利衣は鳥肌が立つほど彼女に魅せられてしまった。
細い髪質の黒いロングヘアで白いワンピースに身を包み裸足だった。透き通るほどの白い肌で、目は切れ長でエキゾチックな顔立ちをした美人で、翳りつつある青空を背にした立ち姿はまるで獲物を狩ろうとするギリシャ神話のアルテミスのようだった。
「何だ、おまえか」
美しさに見とれて呆然としているところに彼女が言ったので、麻利衣はようやく正気を取り戻した。
「おまえか? 私を知っているんですか?」
「当たり前だ。私は完全能力者(パーフェクトサイキック)だ。おまえは橋の上で男とぶつかり眼鏡が壊れた不幸で無能な女。名前は……バナナとか言ったな」
「那花です。どうして私が橋の上で男の人とぶつかって眼鏡を壊すって分かったんですか? ひょっとしてこれは新手の詐欺ですか?」
「ふん。今まで数々の人間たちが私のことを詐欺師扱いしてきたが、私の真の能力を目の当たりにした者は掌を反すように私にひれ伏してきた。おまえの目からもいずれ鱗が飛び出してくるだろう」
「私、まだここに勤めるって決めたわけじゃありません。私に起きた奇妙な出来事の正体が何なのか気になって来ただけです。それに超能力探偵事務所だなんて滑稽な。漫画の読み過ぎなんじゃないですか。こんな胡散臭い所になんか勤められません」
「じゃあ悪態をつきにわざわざ来たわけか。勝手にしろ」
「失礼します」
次回更新は12月19日(金)、21時の予定です。
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