【前回の記事を読む】「障害児を殺しても重い罪にならない」そう言って叔父は私の娘を"殺してやろうか"と提案してきた。私は背筋に寒気を覚え…

第3章 重正の船出

大勢の中の一人

挨拶を済ますと重正親子は長太郎の家を出た。

二人の中に重い沈黙が流れた。

年明け早々、今度は重正に村上家から三郎の喜寿の祝いをするから二人で出てこないかという誘いがあった。だが珠輝を連れて来ないで欲しいという条件が付いていた。村上一家には子供が多いから珠輝がいじめられると可愛そうだからということだ。

村上三郎は珠輝の祖母マツエの父だから珠輝には曾祖父だ。

珠輝は長太郎の家に預けられた。重正夫婦で出かけることなどなかったろうから珠輝が預けられても無理もないことだろう。祖母の家とはいえ珠輝にとって一歳少しの二人の従兄弟に囲まれた暮らしは決して居心地のよいものではなかった。

一日二日はまだよかったが、その後は伯母法子の言葉が何故か幼い珠輝を突き刺した。

「まだ迎えに来ないね、あの人たちの呑気さには呆れてしまう。婆ちゃんにどれだけ迷惑を掛けているのか、なんてことを考えてないんやからなあ。」

どのような事を話しているのか詳しい理解はできなかったが珠輝がここでは疎まれているのだということだけは判断できた。

彼女は両親が一日も早く迎えに来てくれることを願っていた。だがそんな気持を大人たちに表現する術を知らなかった。二人が迎えに来てくれたのは祖母の家に預けられて一週間後の事だった。