【前回の記事を読む】聖職者×挫折者×盲目奏者――『平家物語』誕生の真実がついに明かされる

第一章 創生の人々

一 宮中の楽人(がくにん)

若き琵琶奏者、綾小路資時(あやのこうじすけとき)は宮中の注目を浴びた。

烏帽子(えぼし)の下の広い額、翳(かげ)るような眉、整った鼻筋、口元はやや頑固そうにへの字に結ばれて、それがかえって少年っぽく見えた。

細い指先と柔らかな手首は舞うように優雅に柱を押さえ、撥(ばち)は弧(こ)を描くように鮮やかに弦(げん)を弾く。宮中で繰り広げられている豪華な宴席を楽しむこともなく、資時は琵琶一筋に打ち込んでいた。

もっと楽な生き方も、あった筈(はず)だ。だが資時は、琵琶に魅(み)せられていた。

特に天皇と、許された者だけが弾ける独奏の『秘曲』の響きに心惹(ひ)かれた。

『秘曲』を弾いていると、何か、見たこともない遥(はる)かな世界が広がっている気がする。

それが何なのか、どうしてもつかめない。何度弾いても、満足に弾けた気がしなかった。師匠も皆も、この弾き方で良いのだ、見事だと言ってくれるが、弾くたびに資時は自分の未熟さを感じた。

つかみたい。この遥(はる)かな世界を。

資時はその「何か」をつかむ事だけに日々心を砕(くだ)いていた。それに夢中で、名声も地位も目に入らなかった。

それゆえ資時は、気づくことができなかった。

資時の陰で、望んでも名声や地位を得られず唇を噛んでいた者が、いたことを。

ある日突然熱病が資時を襲(おそ)った。

幾日も死線をさまよい、辛うじて熱が下がったとき、資時の両目は見えなくなっていた。

近衛(このえ)天皇の失明の原因が藤原頼長の呪詛(じゅそ)のせいだと噂されたように、綾小路資時も誰かに呪われているのかもしれないと人々は考え、潮の引くように彼のもとを離れていった。父も兄弟達も、宮中に参上しづらくなった。