【前回の記事を読む】アル中治療から戻った妻の前で、夫は晩酌をやめた。家族はお酒を避けようとして、かえってお酒を意識しているのが伝わった。

人生を失い、それでも女は這い上がれるか

由香里

そのときの光景を恵子は一生忘れないだろう。

病室の入り口に看護師さんと立っていた由香里は、パリコレのモデルが突如現れたのかと思うほど、美人で長身、スタイル抜群であった。

抜けるような白い肌。大きな二重まぶたの目。スッと通った鼻筋。口は少し大きめで唇もやや厚い、それがまた魅力的だ。

背は一七〇センチはあるだろう。が、それより腰の位置の高さが驚きで、「あの~、そこから下、全部足ですかぁ?」と聞きたくなる。

かつてのヒット曲に「女性は美しく生まれただけで幸せの半分を保障されている」という意味合いの歌詞があったが、それでいえば、幸せの八割を手にしているといえるほどの美貌である。なのに、由香里の顔には表情がなく、大きな瞳は深い悲しみを湛えていた。いまにも涙がこぼれ落ちそうだった。

由香里は誰とも親しくしようとしなかった。「おはよう!」とか「おやすみなさい」と声をかけても、軽く会釈しながら、ほとんど聞こえないくらいの小声で同じ言葉を返すだけ。だから恵子は、彼女と親しく語り合うということはなかった。

ただグループカウンセリングと横須賀AAでは、彼女も参加者のひとりとして発言を求められるので話さないわけにはいかない。

ボソボソと自身のことを語る。けれど語り始めると、みんなに聞いてもらうことがまんざらでもなくなるのか、長い話になる。恵子は、たぶん一番長時間話すのは由香里だと思い、実際、時計を見て測ったりしていた。最長記録は十六分。

カウンセラーの上手な相槌や質問で、話が引き出されたという面も強いだろう。カウンセラーは彼女の心の闇を鋭く見抜いているように感じられた。

週一回のグループカウンセリングが回を重ねるたびに、由香里の二十八年の人生が明らかになっていった。

由香里は実の親を知らない。産み落とされてすぐに温泉観光地の暖海駅のコインロッカーに捨てられた。幸い、発見が早く、すぐに病院に運ばれ、健康上問題がないことが確認された。

二分の一か四分の一、欧米人の血が混じっているのではないか、と誰もが思ったが、真相はわからない。施設で由香里と名づけられた。

かわいい赤ちゃんだった彼女は一歳になる前に里親の家庭に迎えられる。なさぬ仲の両親は、こよなく由香里を愛してくれた。

長い間、不妊治療を続け、人工授精も何回かおこなったが、結局、子どもに恵まれなかった両親。由香里は天使のような存在だったようだ。