このままでは自分のせいで、綾小路家に傷がつく。
そう考えた資時は、出家しようと思った。
ひっそりと小型の愛用の琵琶を背負い、下男一人をつれて、資時は都から離れた寺に向かった。
宮中の賞賛の的だった資時は、一夜にして綾小路家の傷になってしまった。
友達も誰一人として、声をかけてくれなかった。
誰も信じられない。
憤懣(ふんまん)と絶望の底を彷徨(さまよ)いながら、つくづく資時は思い知った。
綾小路資時は、こうして生仏(しょうぶつ)となったのである。
だが中途失明の悲しさ、生仏は寺でも掃除一つ満足にできず、日常生活さえ下男の手を借りなければ、ままならなかった。
幾年こうして暗闇の中を過ごしただろうか。ある時、寺の僧達が噂(うわさ)話をしているのを耳にした。
「天台座主(てんだいざす)であった慈円大僧正(じえんだいそうじょう)が、祇園(ぎおん)に近い吉水(よしみず)の大懺法院(だいせんぼういん)で、一芸に優(すぐ)れた者達を集めておられるらしい」
「身分の卑(いや)しい者でも構(かま)わないそうだ。
一体、慈円様は、何をなさるおつもりなのだろう」
一芸に優(すぐ)れた者。これだ。何かが、強く生仏を突き動かした。
もう長い間弾いてはいないが、自分には、琵琶がある。
盲目の琵琶法師。琵琶を手に経文(きょうもん)や謡を聞かせて流浪する人々がいるのを、生仏は知っていた。
宮中の楽人(がくにん)が、琵琶法師に成り下がるのか。断腸の思いがした。
だがここにいても、このまま一生下男の手を借り、厄介者(やっかいもの)となるだけだ。
どうなっても、いい。
生仏は、大懺法院(だいせんぼういん)へ行く決意をした。