琵琶を背に下男を連れて大懺法院(だいせんぼういん)の門まで行くと、下男を綾小路家に帰し、生仏は一人杖(つえ)を頼りに本堂へ向かった。
「頼もう。
慈円様に、お目通(めどお)りを願います」
生仏は、長年鍛(きた)え上げた良く通る声を張り上げて言った。
「何者じゃ」
声を聴いて現れたのは、なんと慈円大僧正(じえんだいそうじょう)その人だった。
声を聴いた時に慈円は、その者のただならぬ気配(けはい)を見抜いたのであった。
吉水に大懺法院を建立してからずっと、慈円は待っていた。
自分の企てた壮大な試みに、欠かせぬ人物が寺に来る事を。もし自分の試みが天に叶(かな)うならば、必ずやその者は現れるだろう。慈円はそう思い、待ち続けていた。
「こちらへ、上がれ」
慈円は侍僧に命じて、生仏を私室へ招いた。
「そなたの名は」
「生仏(しょうぶつ)と申します。慈円様が一芸に優れた者を集めていらっしゃると伺(うかが)い、参上いたしました」
「ほう。それで、そなたは何ができる」
「琵琶をたしなんでおります」
「一曲、聞かせてくれ」
何年ぶりかで生仏は愛用の琵琶を手にした。
琵琶はこの時を待っていたかのように、しっくりと手になじんだ。
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