【前回記事を読む】東北大学で起こった学生運動。夏休み明けに青ヘルを被った彼らが「怒りの表現」としてとった行動は…

その1 始まり

バリケード封鎖、そして無期限ハンガーストライキ

「おーい。これ署名してよ」

「なんだ。あの処分のやつか。しかし、お前ら勝てんのかよ」

「まず署名を集めて、学生大会を招集するんだ。すべてはこれからだよ」

「でも、お前らもちょっと強引だったんじゃないのか。鍵を取って『30番台教室』を開けたんだろう」

「でもなあ。大学当局は、使える『30番台教室』をサークルに使用させないし、しかも、将来的には、あそこを道路にしてしまうと言っているんだ」

「でも、『恒久サークル棟』を建てるんだろう」

「そのような話もあるが、全く具体的なものじゃないんだ。すぐ前の『サ活専団交』では、そういう話はないというんだ」

「お前らもバリケード封鎖しているのか。大学へ来てみてびっくりしたよ。A棟は封鎖されているし、スピーカーはがんがん鳴っているしよ」

「いや。僕たちは、あのバリ封とは一線を画している。ところで、大学当局が処分の前に学生に何も事情聴取もせずに、いきなり処分してきたことをどう思う」

友人からは、充分に納得して署名してもらうまでに、いろいろな質問を受けた。しかし、このやり取りからもわかるように、教養部内で、処分問題に対する学生の関心が急速に高まっているのを実感することができた。

私たちは、「全教養部連絡会議」(通称「全C連」)を結成して、この日から処分白紙撤回を求める臨時学生大会の開催を要求する署名活動を始めていた。

学生たちの反応はとてもよくて、この日から4日間で「教養部自治会規約 第12条 3」にある「全会員の五分の一以上」(全会員は約4800名なので960名以上)をはるかに超える約1300名の臨時学生大会を求める署名が集まった。

9月5日からは、8・20政治処分に反対するクラス決議を2、3日で集めた。クラス仲間の多くが賛成してくれた。しかし、住所録はあったものの、クラスコンパに一度も参加していなかった仲間は初対面と同じだったので、下宿やアパートを訪ねて署名をもらうのに苦労した。

ところで、8月31日のフラクションでも反対意見が出たように、私たち「濫觴同人」には、果たしてバリケード封鎖という突出した闘争形態とビラの情宣(「[情報宣伝の略]情報を多くの人に知らせる行動」広辞苑)や、教養部全体から見れば決して多数とはいえないクラス決議だけでよいのか、という疑問も残っていた。

そんなとき、金森君から、私たちでハンガーストライキをしようという提案がなされた。金森君もバリケード封鎖の方針が出されたとき、「頭ではわかっていても、体がついていかないという感じやろ」と割り切れない思いを訴えていた。これで私たち4人の決意は一つになった。

なぜ私たちがハンガーストライキをしようとするのか。まず、大学当局が「サークル協議会」に結集した学生を「過激派」とレッテルを貼り、一般学生との分離を図ろうとしていた。また、民青は、「暴力一掃キャンペーン」を展開して、この間のサークル部室問題の本質をわからなくさせようとしていた。