無事に車にたどり着いた。おじいちゃんにも両親にも、危険な目にあったことは話さなかった。心配をかけたくなかったから。

車に乗ろうとして、ふと道のかたわらにひっそり置かれている石のほこらに、波奈の目がとまった。来たときには気がつかなかった。

「おじいちゃん、これなあに?」

「山の神様だよ。私たちが山で仕事をするときに、守ってくれるんだよ」

「ふーん」

波奈は黙(だま)ったまま、心の中でお礼を言った。楽しいひとときが過ぎるのは早い。もう帰る日だ。といっても、一泊二日(いっぱくふつか)のお出かけだ。早いのはあたりまえだ。

帰り道、峠(とうげ)の頂(いただき)の鏡ヶ池(かがみがいけ)を、車の窓から見た。水面からは、静かに深緑色のエネルギーが立ちのぼっていた。

途中(とちゅう)、上り坂の上の交差点で、車が止まったとき、後ろをふりかえると、守門岳(すもんだけ)が見えた。すぐとなりの黒姫山(くろひめやま)に、見つめられているように感じた。

立ち寄ったコンビニの駐車場(ちゅうしゃじょう)からは、八海山(はっかいさん)が見えた。山頂のギザギザのするどい峰々(みねみね)からも、青白いエネルギーが、天に向かって放たれていた。

それらの放たれつづけているエネルギーは、波奈の両親には見えていないようだった。高速道路で、おかあさんは眠(ねむ)っていた。おとうさんは満足そうに鼻歌を歌いながら、運転していた。山菜とりに満足したのだろう。

車の中で、波奈はある予感をいだいた。鏡ヶ池(かがみがいけ)の水面から放たれていたエネルギーと八海山(はっかいさん)の峰々(みねみね)から放たれていたエネルギーは、ある「時」が近づいていることのしるしのように思えた。何の「時」かは、まだ波奈にはわからなかったが。