留置場は絶望しても自殺できないように作ってある。トイレが房の隅に設置されているが、その扉の上部は斜めにカットされており、扉の角にひも状のものを引っかけられないように細工されている。つまり首吊り防止だ。同様の目的でドアノブもない作りになっている。
ヒモ状のものを引っかけられるものは、房内にいっさい存在しなかった。留置場内で読める小説や本も、しおりのヒモがすべて切り取られている。差し入れされた本も同様に取り外される。しおりのヒモをつなげて、首を吊るのを防ぐためだ。貸し出されるスウェットパンツも、すべてヒモを取り外してある。
自殺防止策については、かなりの工夫がされていた。この目的のために工夫が極められていると言ってもよい。バリアフリーならぬ、バリアフルだ。
首吊りは、刃物も何もない閉鎖的な状況下で考えうる、最も痛みを伴わない効率的な自殺方法だ。残された方法は、自分で舌を噛みちぎるか、この硬いコンクリに頭を打ちつけるしかない。そんな方法では絶命する前に看守に止められてしまう。中途半端に大怪我するだけだ。
自殺するなら一瞬で確実に死にたい。死は望むが苦痛という関門は避けて通りたい。死に対しても、甘えの部分がある。覚悟が足りない。だから俺はここに行きついたのだ。それだけ絶望を感じさせる場所だった。反省させることが目的の施設。それにふさわしい人間が集う地の底だ。
岩井さんに一部始終を話した拍子に、ついて出た一言。
「死にたい気分です」
この一言で、岩井さんの表情が険しくなった。
「村上さん、自分で死んだらダメですよ。そんなの自分勝手過ぎますよ!」
岩井さんの、急な剣幕に俺は動揺した。
「自分は死んで、スッキリ清算できていいかもしれないが、遺された親族は、そのあとずっと傷つき続けるんですよ、苦しみ続けるんですよ!」
岩井さんの切実な感情をぶつけられて、たじろいだ。何があったのかはわからないが、岩井さんの親族で自殺した人がいるようだ。そのやるせなさ、無念さが伝わってきた。
「あのときの自分の発言が、あのときの行動が、死に追いやった原因ではないかと、遺書があろうがなかろうが、悪くなくても、自分で自分を責め続けるんです。ずっとですよ! その苦しみを家族に味わわせるんですか! 最低ですよ、そんなの無責任ですよ!」
「すみません、そこまで考えてませんでした。おっしゃる通りです」
確かにその通りだ。自殺は、自分だけ苦しみから逃れることになる。遺された人の気持ちは、考えたこともなかった。辛いときには、自分のことしか見えない。
岩井さんは、育った家庭環境での苦悩が多かったようだ。一見、ひょうきんで明るい印象だったが、心の奥に深い哀しみを抱えている。
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