【前回記事を読む】結婚も仕事も順調だった。家族にも恵まれた。だが35歳でマリファナによって一瞬にして転落した

透明人間

仕事をせずとも、3食食べて過ごせるという楽観的な見方ができるのは、ベテラン犯罪者だけだ。

逮捕され、監禁され、スマホを没収され、情報をシャットダウンされ、未来がどうなるかもわからない。この状況だけでも通常の人間には十分にこたえる。

仮に大地震が起きて、この場所が崩壊し全員が死んでも、誰も悲しまない。

ニュースになっても誰も気にしない。気づきもしない。すぐに忘却の彼方(かなた)だ。ニュースからバラエティ番組に変わるときのように、

「そんなこともあったね」

で終わる。

俺たちは、動物園の猿のように檻(おり)に入れられているが、外の世界では何事もなかったように日常が続いてゆく。みんなそれぞれに喜怒哀楽を謳歌(おうか)しながら。

俺は手足を縛られた状態で、呼吸だけができる状態で、深くて暗い地下井戸に取り残されてそれを見上げている。

それが、無性に寂しくて悔しくて、思わず叫びだしそうになる。社会的な責任を果たすまでは、死ぬことも許されない。

ここはブタ箱で俺らは出荷される前の養豚(ようとん)なのだ。

証拠隠滅、逃亡、人を傷つける、つまり保釈(ほしゃく)すれば、問題を起こす可能性のある人間を世に放たないためだ。

ここから先は出荷先が自宅か、刑務所かの大きく二つに分かれる。

社会でしくじった、底辺の人間が一同に集まる掃き溜めだ。

俺が狂気の底に落ちる前に現れたのは、凛太の輝く笑顔だった。留置場に入る前に、荷物を預けるときに見た写真の笑顔だ。それが俺をギリギリの所で正気にとどめてくれた。守ってくれていた。

西洋絵画で、天使が子どもの姿で描かれるのも理解できた。自分の子どもに限らず、子どもは天使だ。人間の最初で最後の良心の姿だ。

そうこうしているうちに、夜が明ける。ここ数日、寝不足が続いている。

狂気に落ち入る感覚と、凛太の笑顔で我を取り戻すという行為をずっと繰り返していた。