「村上さん、また眠れなかったんですか。なんか、めっちゃ顔が腫れてますよ。男前が台なしじゃないすか」

2日目の朝、岩井さんが声をかけてきた。俺は寝不足の頭で、朝の儀式のため房を出された。「運動場」と呼ばれる、10畳くらいの広さの薄暗いコンクリ広場に行く。

洗顔、着替え、ヒゲ剃りなど、簡単な身支度ができる時間だ。

鏡を見た。確かに別人がいた。表情は深刻だが、左顔面が下ぶくれている、真面目なのか、ふざけているのかわからない、ユーモラスな顔だ。

ミサトに殴られた頬が、3日以上経ったいまごろになって腫れたのだ。

留置場の風呂は、予想通りとても汚かった。銀ピカのステンレス製で、大人一人が体育座りで入れるくらいの小さな風呂だ。周りは房内と同じコンクリ壁だ。

浴室の前には脱衣所がありプライバシーが守られている。洗濯機が1台置いてある。

カゴに服を入れておけば看守が洗濯してくれる。何ともありがたいことだ。実家か。

入浴時間は一人15分。脱衣場の外に看守がいる。石鹸やシャンプーは自分で購入したものを持っていく。

運動場に一人一つずつロッカーが用意されており、そこに着替えや石鹸などの荷物を置くことができる。週に3回、入浴できるそうだ。

留置場にいる総勢20人くらいの人間が、一人ずつ順番で入るのだが水面に白い垢や体毛が点々と浮いていて見るからに不潔だ。アジア旅行で汚いものに慣れているとはいえ、これはこたえた。

ミサトも同じブタ箱にいるなら耐えられないだろう。超がつく潔癖(けっぺき)だからだ。

洗面器で丁寧に汚物をすくい取り、温かい湯に浸かると気持ちが良かった。ここを出たらまずキレイな風呂に一人で入りたい。全身を清めたい。

目に見えない穢(けが)れのようなものが、皮膚から染み込んでいる感覚がある。それでも風呂から上がるとサッパリした気分になった。

食事、入浴、睡眠、日常生活と同じ行動を行うと、ここも悪くないと思えてしまうのが不思議だ。修学旅行と似ている。

人間は意思に関係なく、環境に順応するようにできているのだ。