五行山(ごぎょうさん)

目を覚ますと、安っぽい蛍光灯の光が差し込んできた。薄緑色の無機質な高い天井。匂いも違う。俺の自宅ではない。

薄目で周りを見渡すと、薄緑色のコンクリ壁、同じ薄緑色の畳。そして出入り口らしき所は、鉄格子に囲まれていた。

少しざわついたような、多数の人の気配がする。保育園の頃を思い出した。昼寝の時間が終わったときの、うっとうしい喧騒だ。寝起きの不機嫌さと、他者の喧噪に対する、嫌悪の入り交じった記憶だ。

そこは留置場だった。

嗚呼、昨日のことは、悪夢ではなく現実だったのだ。寝起きの心臓が激しく鼓動し始める。最悪の気分だ。

村上丈一、35歳、人生最悪の朝を迎えた。家族は、妻は、俺の息子、2歳の凛太(りんた) はどうなったのだ?

「起きました? おはようございます」

俺が起きたのに気づき、室内にいた一人の男が、声をかけてきた。その言葉の響きには、心配と同情の気遣いがあり、それに少し安堵した。この房に案内した看守が言っていた通り、まともな人間が同室のようだ。

俺は、布団をめくり、

「おはようございます」

と答えた。おはようございますとは言ったものの、時間がわからなかった。周りを見渡しても、窓は一つもなく、時計もどこにも掛かっていない。昼12時前くらいだろうか。

前日、この留置場に入れられたときには、ゆうに深夜2時をまわっていたはずだ。入所したときには、とうに就寝時刻を過ぎており、留置場内は真っ暗闇だった。