【前回記事を読む】「俺……すぐ出られますか?」留置場で直面した“想像以上の現実”

五行山(ごぎょうさん)

世界でも人気の映画『千と千尋の神隠し』では、主人公の女の子が迷い込んだ異世界で、その世界の住人にもらったおにぎりを食べることで、大粒の涙を流す。そこで初めて、その世界で活動するための実体を得る。俺はこのシーンがこの映画で、一番好きだった。

このシーンこそ、劇中で一番大事ではないかと思った。名前などのアイデンティティーを失った人間が、世界で実体を保つには、その世界の食事が必要なのだ。作ってくれた人の愛情がこもっていれば、なおよい。

それを肉体に取り込んで、初めて実体として地に足が着くのだ。そこから旅が始まる。おとぎの国も留置場も同じだ。

そして気づいた。涙が出ないということに。逮捕されるまでの2日間、哀しいこと、苦しいこと続きだったのに、嗚咽(おえつ)じみた息は出れど、涙が一滴も流れない。体が反応してないのだ。心は涙を流したいと感じているが涙腺が反応しない。

何か、自分の認識しない遠いところで、心が壊れている予感がした。

早くここを出なければいけない。