透明人間

願望は、行動して叶えてきた。そのための努力もした。失敗も苦労もあった。行動すれば良くも悪くも何かの結果が表れ、継続すれば必ず道は拓けた。

30歳になり好きだと思える人と結婚し、好きな分野の仕事に就き、健康な男児にも恵まれた。

大富豪のような成功者とは、まったく言えないが、一般的な幸せを手に入れたと思っていた。それで十分だった。これからもっと良くすればいい。もっと道が拓けていくようにしていけばよい。希望はあった。

しかし、凛太が生まれた後も、大麻草を育て続けた。ついに35歳にして一瞬で俺は転落した。見事なまでに。今、マリファナ所持で逮捕され留置場にいる。

俗称“ブタ箱”とはよくいったもので、それ以外の呼び方が思いつかない。毎日同じ時刻に起床し、同じ時刻に消灯し、同じ時刻に食事を与えられ、取り調べや面会などのイベントがある以外は何もすることがない。

楽しみといえば、食事と、順番に回ってくる新聞くらい。先輩犯罪者の岩井さんは留置場に入って太ったらしい。唯一の情報源、房を順番に回ってくる新聞は、ローカル事件の欄が一部切り取られていたりする。

昨日捕まった人間がいて該当記事がある場合、そこは切り取るようだ。当人が、それを読んで感情的になり、暴れたり、捜査情報を得るのを防ぐためだろうか。留置場なりのデリカシーが絶妙に存在しているのだ。

奇遇だったのが、当時開催中だったリオ・オリンピックの日本代表選手の背番号と、自分の番号が同じだったことだ。片や、日本を代表しメダリストという栄光。片や、マリファナで逮捕されブタ箱生活。人生とは皮肉に満ちている。

嗚呼、いっそ死んでしまいたいと思うが、そう簡単にはいかない。