【前回記事を読む】「すみません、マリファナ栽培で逮捕されてしまったので今日は出社できません。」―真面目な社員の俺は今、会社ではなく留置場に…

五行山(ごぎょうさん)

岩井さんは、自身も覚醒剤の常習者だった。目的はセックスドラッグとして。覚醒剤をしながらのセックスは、快感が強く非常にハマるらしい。

俺は、シャブはやったことがないからわからない。身近に見たこともなかった。そもそも覚醒剤は、依存性が高く、体に深刻なダメージを与えるハードドラッグに分類される。価格もマリファナと比べて高価なようだ。同じ違法薬物だが、マリファナとは少し次元の違うシロモノだ。

岩井さんは、うすうす自分が捕まる予感はしていたが、何も対策をしなかったらしい。生業(なりわい)としていれば対策も何もないのかもしれないが。

うまくいっていて、慢心しているときほど、人間はつくづく足元が見えていないものだ。

話を聞いていて、岩井さんは、心の隅では、捕まらないと自分は止まれないと思っていたのではないかと思った。俺にも同じ感覚があった。好きなものは、容易にやめることはできない。

岩井さんは、1ヵ月以上もこの留置場にいるそうだ。ほぼ警察の取り調べを終え、裁判も始まっているため、留置場から拘置所に移されるのを待っているらしいが、どこにも移送されない状態だそうだ。

全国的にも拘置所の場所は少なく、法務省が管轄する拘置所はたった8ヵ所のみ。キャパが足りていない。ゆえに便宜上、全国の警察署にある留置場にとどめられるケースがあるようだ。もっとも、警察署内に被疑者の身柄を置いておくことで、捜査をしやすくする目的もあるらしい。

それを聞いて俺は、気が遠くなった。こんなに狭くて殺風景な場所に、1ヵ月いたら確実に頭が変になる。だが岩井さんは、悲壮感もなく淡々と過ごしていた。さらに話を聞くと逮捕は初めてではないらしい。筋金入りのワルだ。

そんな岩井さんの唯一の楽しみは、担当の若い女性弁護士との面会だそうだ。覚醒剤セックス話を自慢げに話して楽しんでいるそうだ。

事実、岩井さんは弁護士との面会に行くと、1時間以上は房に戻ってこなかった。そして艶々(つやつや)とした、とても充実したいい顔で戻ってくる。

「でも、マリファナ系の人って、性格が軽いから、すぐへっちゃらになるんじゃない? なんか兄さんもそんな感じするし。本当に初犯なの?」

内心、あなたに言われたくないと思ったが、俺はハタから見ると、けっこう落ち着いて見えるらしい。本心は動揺してたりするのだが。

今後、じわじわと感情の波が襲ってくるのかもしれない。わからない。いま現在、俺は人生初の未体験ゾーンにいるのだ。昨日、最後に吸ったマリファナの効果も残っているはずだ。心は凪(な)いでいる。