「俺……すぐここから出られますかね?」
一番聞きたい質問をしようとしたが、昼食の時間になった。留置場流の自己紹介は、一時中断となった。
ここではすべてが規則正しく時間通りに進む。学校と似ているが、時計はどこを見渡してもなかった。
留置場の昼食が支給された。鉄格子の小さな受け取り口から、弁当が渡される。警察署と提携の弁当業者があるのだろう。かなりまともな弁当だった。
留置場の逮捕者のために、毎日弁当を作る業者の人は、どんな気持ちで作っているのだろうかと思いをはせた。犯罪者向けの食事だが、愛情を込めてくれるのだろうか。
弁当の中身は、充実していた。白米に、揚げ物、漬物。野菜が少ないことを除けば、かなり満足のいく内容だ。栄養過多なほどだ。
逮捕時に現金を持っていれば、追加で豚汁や、紙パックのコーヒー牛乳なども購入できる。紙パック飲料の飲み口は、あらかじめカットして開封してあるのが留置場の流儀だ。ハサミなど、凶器や脱獄道具、自殺道具になるものを入所者に手渡さないためだ。
喉が乾けば、麦茶は飲み放題。特大のヤカンで看守が定期的に作ってくれている。当番制のようだ。看守にお願いすれば、肌色のプラスチックの湯呑みについで持ってきてくれる。サービスが充実している。
俺たちは基本、動く必要がない。立場がよくわからなくなる。犯罪者なのに何も仕事せず、1日3食タダで食事ができるのだ。基本的な世話を、警察が甲斐甲斐(かいがい)しくやってくれる。
世の中、犯罪に手を染めずに、まっとうに仕事しながらも、それでも、ろくに食事ができてない人もいる。妙な感じだ。こんな場所で税金の恩恵にあずかろうとは、思ってもみなかった。
食事をすると気持ちが少し落ち着いた。このとき確信した。人間は初めての慣れない場所でも、その場で食事をするとそこをナワバリとして認識するのだ。
動物としての本能。空腹が満たされていく安堵感と同時に、自分の肉体が空間と急速に馴染んでいく。
留置場など、受け入れたくない現実ではあるが、体はなんとか順応しようとしていた。つくづく人間の意志など、小さな要因でしかないと思う。
腹が満たされると、強烈な眠気が襲ってきた。頭の奥がどろんと重くなる。
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