毎日がふわふわした気分で、千津は授業に身が入らなかった。小学校の時は、特に復習しなくても、それなりの成績をとることができたが、中学ではそうはいかなかった。
数学の授業で、指名されて立ったものの、「えーとですね」とごまかし、周りを見回しながら答えを引き延ばしていると、
「できねえくせに、なに格好つけているんだよ」
と、前の席に座る庄一がイライラした大声を出した。
千津は虚を突かれて、ハッとなった。こんな反応は予想していなかった。先生に促され着席したが、クラス全員の前で頭が悪いと指摘され、恥ずかしさに顔を赤くし唇をかんだ。
中学に入って、勉強に真面目に取り組んでいなかったが、自分なりのプライドだけは持ち合わせていたのである。勉強ができないということは、情けなくみっともないことだと、はっきりと自覚させられる出来事だった。
その日の放課後、日直の仕事で一人、教室に残っていると、佐藤先生が顔を出した。
「おい、千津、数学のノート出してみな」
言われるままに、本とノートを広げると、「今日やった、方程式の問題やってごらん」と言った。
先生は解答にマル・バツをつけると、間違った箇所の解説をしてくれた。何問かやっているうちに、落ち着いて順序立てて問題を解いていけば、正解を出すことができるとだんだんわかってきた。
驚いたことに翌日、先生は放課後、スクーターに乗って千津の家までやってきて、また数学の勉強を見てくれたのである。
つねは二人に、カルピスが入ったコップを運んできた。どういうことだろう、先生は他の生徒の家にも出かけて、勉強を教えているのだろうか。つねが特別に先生に頼んでいたのだろうか。
先生は、それからも週に一、二度、家に立ち寄った。しかし、千津はそのことを、友達には話さなかった。どうしてなのか、先生にも尋ねなかった。勉強が解ってきてうれしい反面、自分だけ贔屓されているのでないかという、心の負担があったのである。
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