【前回記事を読む】「抱き締めてキスしたい」から「キスして」になった。利用者とスタッフ、受け流していると彼は後ろからそっと私の頭を撫で…
サッカー
拓也さんが、キスしてと言わないときは二人でYouTubeでMVを観て一緒にしみじみした時を過ごす。拓也さんが「姉さん」と呼んでいる三井さんという50代の女性がそこに加わると一緒に連ドラを見る。
実は拓也さんのほかにも私には、なんというかその、情人めいた人がいる。グループホームの当番でないときは、施設で働いている。施設へ行くといつもスタッフルームのカウンターの前でホールを眺めている男の人がいる。
松田さんという。彼とは障害者のスポーツ大会に一緒に参加して少し話をしたことがあったのだ。朝来るとなにもないホールを眺めているので、看護師さんでも待っているのかと思い、「どうされましたか」と生活支援員の定型文で尋ねた。
松田さんは車椅子のアームレストに肘をついて、「ふふ、分かってるくせに」と色っぽい流し目で答えた。え、分からない。「なんですか、もう」松田さんは、やっぱり流し目で微笑んでいる。
あ、そういうこと、と気づいてしまった女性の返しとしたら、「やだあ、もう」この一文に尽きる。仕方ない。なんかほかにいい返しがあったら是非にでも教えてほしい。
社交辞令ってやつかもしれないな、と後から思ったが、松田さんとはそれ以来、「今日はなに待ちですか」と私が尋ねて、調子どう、まあまあです、とか、雪降った? 積もった? いや、積もんなかったです、と当たり障りのない会話をぽつりとして、2人で3分ばかり、上手い言葉が見つからないが、なんていうか男女の交流的なものをする。
何ヵ月もそれがつづけば、そういうものと言いきってよかろう、と思う。少しばかりの距離を置いて2人して「傍にいる」だけだ。「傍にいる」