津島医師はPHSを押した。佳代は2時間後に待ち合わせて、退院支援看護師と面談をした。じっくりと話を聞いてくれたが、『安全・安心の看取りに向けての療養』という観点で考えると、佳代の年齢では在宅介護は難しく、病院での看取りが適していると説明された。
言い回しは優しいが、内容は津島医師と変わらない。佳代は自宅退院をすることは無理だと悟った。どんなに在宅死の希望を伝えても、病院の結論は変わらない。津島医師の依頼で、訓太郎のリハビリが始まった。
「こんにちは、リハビリの野際と申します。理学療法士です。今日のお具合はいかがでしょうか。起き上がる練習や歩く練習をするために来ました。もう、歩いているのでしょうか」
「いいえ、まだ、入院してから一歩も歩いていません」
訓太郎がかろうじて答えた。佳代が説明を加えた。
「ここに来てから全然歩いていないみたい。車椅子に乗ったところを一度見たけど、一度だけで、ずっとベッドで休んでいるのよ」
「そうですか。これから起きてみませんか、具合が良くないようでしたら、途中で中断しますので遠慮なく言ってください。よろしいですか」
「あなた、頑張りましょう」
訓太郎はうなずいた。野際は訓太郎を車椅子に乗せ、廊下に連れ出し、手すりの脇に止めた。
「歩けますか?」
野際が声をかけると、訓太郎は廊下の手すりを掴んでスタスタと歩き出した。次に歩行器を持ってくると、それに掴まって歩き出した。ベッドに寝ている時の印象と違っていた。
「入院前は、頑張って歩いていたのですね。力強く足を運んでいましたよ。初日にこれだけ歩ければ、自宅のベッドからトイレまで伝い歩きの目標が立てられます。それでは、歩いて引き返してみましょう」
野際に褒められ、訓太郎はニコニコしながら車椅子の所まで歩いた。ベッドサイドまで戻ると、訓太郎は自力でベッドに乗り移って、大きな声で「ありがとう」と言った。野際は「また明日」と手を振って病室を立ち去った。
翌日、訓太郎は歩行器で15メートル歩いた。少しずつ回復しているようであった。その後3日ほどは回復傾向だった。しかしその後「歩きましょう」と言うと、何故か手を横に振り、首も横に振り、歩こうとしなくなった。
力がなくなって歩けないのではない。見かけ上、体調は良好のようである。カルテ上の問題もない。しかし、歩こうとしないのだ。
【イチオシ記事】彼と一緒にお風呂に入って、そしていつもよりも早く寝室へ。それはそれは、いつもとはまた違う愛し方をしてくれて…
【注目記事】(お母さん!助けて!お母さん…)―小学5年生の私と、兄妹のように仲良しだったはずの男の子。部屋で遊んでいたら突然、体を…