【前回の記事を読む】「奥さん一人で大丈夫な訳ない」副作用で車椅子に。排泄も介助で、食事も難しい。それでも夫を自宅に連れて帰りたい…
第1話 尊厳死協会会員 渡瀬訓太郎物語
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「耳鼻科から言語聴覚士による嚥下訓練の依頼が入っていますが、もう口から十分な栄養を取ることは難しそうです。そうなると今後、鼻から管を入れて栄養剤を補給する方法と、中心静脈から高カロリー栄養を点滴する方法と、末梢血管から水分のみを点滴する方法の3つからどれかを選ぶことになります。但し、末梢からの点滴ですが、血管確保が渡瀬さんの場合困難なので、点滴が入らなくなったら、4日〜1週間の命になります。高カロリーの点滴だけですと数か月程度、鼻から栄養の管を入れた場合、他の病気を併発しなければ生存は年単位です」
佳代はきっぱりと告げた。
「管による栄養とか、静脈による栄養とかの延命措置はしたくないと主人は話していましたので、それは望みません。今している水分の点滴だけ続けてください。もし、点滴が入らなくなったら、覚悟を決めて見送りの準備をします。今日帰ります」
津島医師の隣で双方を観察していた水上看護師がなだめるように声をかけた。
「奥さん、家に連れて帰りたいのでしたら、一旦包括ケア病棟を持っている病院で、退院準備をして、万全の体制を整えてから帰るという方法があるんですよ。焦らないで準備をしましょう」
佳代はすかさず聞き返した。
「この病院にはないんですね?」
「転院することになります」
佳代はあきらめきれない口調で言った。
「転院している間に亡くなることもあるのではないですか。私は、自宅で看取りたいのです。皆さん、どこで亡くなっても同じだと思っていらっしゃいませんか? 今回、救命していただいたことはとても感謝しております。折角助けていただいた命、神様に与えられた主人の残りの貴重な時間を、満足できるものにしたいと考えています。退院支援看護師の所にこれから行ってもいいですか?」
「それでは電話をしておきます。担当の看護師がいるかどうか分かりませんが、誰かが対応してくれると思います」