【前回の記事を読む】俺の父ちゃんはなんのために戦い、なんのために死んだんだ!もしも日本が勝っていたら自由で豊かな日本は生まれたのか

第二話 ケン、やみ米を買いに

「カラン、カラン」。米を入れていた1斗缶(米櫃)が空になっていた。そして、1合升のみがちょこんと缶の底に御座らした。

「あっ、明日の米が無い。どうしょう……母ちゃん」

「わりいどもさ。どっからか、分けてもらってきてくんないか」

もはや夕方、米屋は無理。やれることはひとつ、「やみ米を買うこと」。ああ、またあのお絹さんに頼むしかないか…。

暗やみの中をケンはお絹さんの家に向かった。曲がりくねった細い露地を抜け、灯りもつけていない玄関からそっと家の中に入る。暗がりの中、細い三和土(たたき)が続く。そしてようやく梯子段につきあたった。

天井裏から2燭(しょく)か5燭の暗い裸電球がぶらさがっていた。その薄暗い中、急な梯子段を上がった。つきあたりの部屋がお絹さんの生活の場だ。独身のようだ。「お絹さん?」と声をかけ、トントンと戸を叩くと、「誰だ、今ごろ」と声がし、引き戸を半開きにしてお絹さんが怪訝そうな表情でぬっと顔だけ出した。

「米がのーなってしもたてー。お願い、1升だけでも売ってくれてー」とケンが頼むと、お絹さんは「高いど」と言う。

「いくら?」「120円」「高い!」「当たり前だ。ヤミだがんに」

当時の米屋では1升100円が相場だったから、ケンは「110円にまけてくれ」と頼んでみた。それでも、お絹さんは「ばかこくな(馬鹿をいうな)! ヤミ米をまけるもんがどこにいる」と全く相手にしてくれない。

「110円しか持ってこなかった(実はもっと母ちゃんからもらってきたのだが)」とねばるケンに、「そいだば、また来いて」と、お絹さんはつっけんどんに言った。さあ、どうする? ケン。

「あのさ、毎週、土曜日に米が来るがだろ?」

「どうしておまえ、それを知ってるがだ」

「前にお絹さんから聞いた。そんどきお絹さんは、『おまえ、2階に上げてくんねか。日料(ひりょう)(=こづかい)やるすけ』と言ったねかて」

「ああ、そうだったか」

お絹さんの家の梯子段は急で、米を2階に上げるのに、いつも往生していたのだ。

「だすけ(だから)、土曜日に来て、米を2階に上げてやるて」

お絹さんは「この子ばっかしゃ」とつぶやきながら110円にまけてくれた。これで万事解決。そしてケンは約束どおり、土曜日の夕方、お絹さんの家に手伝いに行って、かなりの米を2階にかつぎあげてやった。そして50円の日料をちゃっかりと貰って帰ったのである。