真っ白の空間で麻衣が笑っている。穏やかな笑顔だった。自分は麻衣を見上げている。胴体が両手で掴まれている事で、一華は自分がぬいぐるみの目線である事に気付いた。
『一華ちゃん、また遊びたいな。もっと私も色んなところに行きたかった。私も、一華ちゃんみたいに元気な体だったら良かったのに……』
生前の麻衣と同じ口調。夢の麻衣は悲しみこそあれど、怨みの感情はない。けれど、瞬きをしたように場面が切り替わった。
今度は真っ暗な空間で、一華がクマのぬいぐるみを握っている目線だ。心の底から悔しさが込み上げる。
『どうして、どうして私だけこんな辛い目に……なんで一華ちゃんは生きてるの!』
両手に力が篭もり、クマが折れ曲がってくしゃりと鳴る。辛い。悔しい。悲しい。寂しい。憎い。憎い。憎い……。負の感情が、涙となって溢れ出る。
夢の中で、涙を流す一華は自分自身の死を願っていた。ぬいぐるみを持つ手が緩み、ぽとりと床に落とされた。ぬいぐるみにも、涙の筋が染み出ていた。
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目覚めた時、一華は泣いていた。あんな感情を持たれていたなんて。腹部が痛む。パジャマを捲ると赤黒い痣が浮かんでいる。夢でぬいぐるみが押された場所と同じだ。それを見ても、(ああやっぱり)と悲しく思うだけで、一華は驚かなかった。
痛む腹を抱えながら階段を降りると、一階のリビングから由利香の話し声が聞こえた。
──一華ちゃん、昨日はよく眠れた? 今朝は何が食べたい? 一華を呼ぶ声に、一華は慌ててリビングのドアを開けた。
「お母さんおはよう。今誰と話してたの?」
「え? 何言ってるの? ずっとあなたと話してたじゃない。そこに座ってたで……」
ソファを指さしながら、由利香が言葉を詰まらせた。もちろんそこに一華はいない。ただ麻衣が『イチカ』と呼んだ、クマのぬいぐるみが置かれているだけだった。
 
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