「あれ……なんでこの子、ここに」

制服のリボンを解きながら、リビングに置いてあるクマのぬいぐるみに、一華は首を傾げた。一華はクマのぬいぐるみを自室の勉強机に置いていた。なのに、中学から帰宅したらリビングのソファにちょこんと置かれている。聞けば由利香が、部屋から持ち出したという。

「何となく……『イチカちゃん』と一緒にいてあげた方がいい気がして」

そう言って由利香は自分もソファに座り、膝の上にクマを乗せた。優しく頭をなでる様子は、まるで幼子を愛でているよう。その姿で、一華は麻衣の母を思った。

母子家庭で病弱の麻衣を支えながら、瑞江は一華が知る限り、笑顔を決して崩すことがなかった。我が子を亡くした母の悲しみは、きっと一華の想像にも及ばない。

「瑞江さん、大丈夫かな」

「うん……瑞江も辛いわよ。独りぼっちになっちゃって……うちもずっとパパが単身赴任でシングルみたいなものだから、お互い頑張ろうね、って言ってたのに……」

「あれから連絡してる?」

「ええ。今週、遊びにおいでって言っておいた」

麻衣は母親の元にも現れるのだろうか。

「ねえ、この『イチカちゃん』、リビングに置いてもいいかしら? 昼間学校に行っちゃうあなたの部屋より、ここの方がこの子も寂しくないと思うの」

「いいよ。そうだね、ここの方がお母さんもいるし」由利香の提案に、一華は内心ホッとした。

ぬいぐるみを部屋から出すだけで金縛りが無くなるとは思っていなかったが、少しでも離れていたい。しかし意外にも、その夜、一華はスムーズに眠ることが出来た。その代わり、夢を見た。

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