【前回の記事を読む】古書店で買い物をしていたら、いつの間にか雪が降り出していた。タクシーを呼ぼうとすると後ろから声をかけられ……
第二章 邂逅
一.三月十日(日)
「ここでしたら、私のところからそれほど離れておりませんね。同じ方向で、回り道にもなりません。私の車でお送りしましょう」
「そんな、申し訳ないですよ」
「いいえ、構いません。どうぞご遠慮なく」
こんな会話の末、私はこの男性の車に乗せてもらうことにした。
この三カ月間、引っ越し荷物や本の片づけと読書、それに自炊の毎日だった。
初めての土地に来て、班長さんやご近所さんに町内会や県内各所の説明を受けて以来の、久しぶりの生身の人間との会話だった。私は新鮮で嬉しい気持ちになっていた。
黙ったままでいるのもと思って、私は運転席の男性に話しかけた。
「よく、こちらのお店にはいらっしゃるのですか」
「はい。といっても、月に一度来るかどうかですね。来るたびに、ひと月かふた月分を買い込んで、という感じです。気が向けば、毎週のように来るときもありますが」
「そうですか、本がお好きなのですね」
「本が好きかと問われれば、そうだということになるかもしれません。が、その実、私にはそれしかやることがないのです。いや、もちろん働いていますよ。人付き合いというものがないので、本を読んでいるしかないのです」
人付き合いがないという言葉に、私はおやっと思った。
彼は私の家の前まで車を寄せ、本の袋を玄関まで運んでくれた。しかし、相変わらず目は厳しいままだった。
「私は中山といいます。昨年末に東京から移ってきて、この家を買って住んでいます」
「私は大村です。ここからほんの数百メートルのところに一人で住んでいます」
「そうですか、初めての土地に来て、こんな偶然もあるのですね。とても幸運でした。それで、お互い独り身なのかな。それともご家族はほかのどちらかに」
「いいえ、私は一人です。というか、一人になってしまったのです」
私はまたおやっと思ったが、初対面で踏み込んだことを聞けるわけもなかった。
「そうですか、老人の一人暮らしですので、気兼ねなく寄ってやってください」
「わかりました。そうできると思います」
その日は自己紹介程度の会話で終わった。