両脇を低い山に挟まれた威容が、見慣れたシンボルに見える。記憶の中にあるそのシンボルは山を示すはずだ、と確信した。山々のふもと、海との境に平地はほとんど無く、島全体がただジャングルに覆われている。

遠ざかる水平線も、向かう水平線も、一本となりこの船を囲む。

どこにいくのか?

「フェァウィゴ?」

コイチがローザに尋ねるとローザは体を寄せ、コイチの目を覗き込む。

「プリーズ」

「ファッ?」

いつもと違う彼女の声色に、コイチの体幹に僅かな戦慄が走る。

「マイ、ベイベ、イズ、ユァ、チャイルド」

どういうことだ? 

「ユゥ、アァ、ヒズ、パパ」

パパ? パパとは? 赤茶の瞳の男と、赤茶の瞳のカルロの関係を、俺と、翠色の目をしたベイベの関係にするのか? ここで違うと言うと、あの男に殺されるのか? 

ボートから船に乗り換えるとき、サメの背びれを見た。殺されても誰にも知られない。選べない。

それに命の恩人だ。どうせ俺の記憶は戻りそうにない。

「オーケー」

一応、ローザの肩を片腕で抱いた。

翌朝、あばら家が建ち並ぶ桟橋に着いた。男は陸を指し「レジストレイション」と言う。

レジストレイション? とうろく? 

コイチは登録、という言葉を数秒かけて思い出した。

「チャイルズ、ネイム」

ローザが特別そうな紙とペンを船内の棚から持って来た。

読める。読む、とは、何なのか。俺はこれを読むことができる。これは文字だ。知ってるぞ。

「ネイム、ヒム」

 ベイベの名前を決める? 

「ガブリエルだろう?」

「ノー」

潤む二つの瞳がすがりつく。

「ヨァ、ホームランド、ネイム」

ホームランドの名前とは。俺にどうして欲しいのか。

「プリーズ」

コイチの両手を彼女の両手で包み込む。そしてペンを持たせた。

少し考えるとヒロシ、という響きが頭に浮かんだ。馴染んだ名前の気がする。

「ヒロシと書けばいい?」

次回更新は10月30日(木)、20時の予定です。

 

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