【前回の記事を読む】服の上、黄色い何かにむしゃぶりついた。大きな種と厚い皮の内側の果肉をこそげ落としていると、甘ったるい女の声が…
二〇〇四年 孝一@南の島
翌日、浜辺でローザが海の一点を指差した。船が浮かんでいる。一人、男が船からボートを取り出し、乗り換えてやってくる。遠浅でボートの底が当たるのか、途中、ボートをロープで曳きながら歩き始めた。コイチの背後でスィスタの明るい声が響く。
振り向くと彼女が軽快に駆けてくる。そのまま浅瀬を走り男に飛びつき、両腕両脚と頸を巻き付けた。スィスタの背中に左腕を回したまま、男はコイチに近づき右手を差し出した。
コイチには意味がわからない。が、恐る恐る自分の右手も同じように差し出した。その反応を見た男はコイチの手を握りながら濃い長い両眉を上げ、ボートを引きずり上陸した。
コイチに振り返り何か言う。コイチには全く、理解できない。
小屋に入った男は三人の女たちと話し始める。時折コイチを赤茶色の瞳で見ながら。
スィスタが当然のように男の隣に粗末な腰掛けを移動させ腕を男の肩に掛ける。カルロも寄り添う。
コイチは、カルロがスィスタと男の二人を合わせた容姿であることを不思議に思った。カルロは男の言葉を、スィスタと同じくらい使いこなす。カルロは男をパパと呼ぶ。コイチは、この島の外で、自分もそう呼ばれたことがあるような気がした。パパとは何なのか。
男はボートから降ろした大きな荷物を開けた。食料や日常品が出てくる。その晩スィスタと男はジャングルに消えた。翌朝、男は船に戻った。
シンプルな、夢み心地の生活が始まる。
何かを背負っていたはずだ。大切な何かを背負い、できないはずの努力を休みなく続けていたはずだ。
月のない夜は満天の星明かりが全世界を包む。地上の樹木の隙間にはどこにでも、薄青く光る虫や菌、植物が織りなす幻想郷がある。