雄之助が本尊の前に進み、線香を焚き合掌すると、それを見守っていた住持が、護摩壇から少し離れた一角に置かれた火鉢の前に雄之助を誘導し座布団を勧めた。季節柄火鉢に火は入れられず、雄之助が座るとほどなく茶が運ばれてきた。住持は威儀を正すと、

「お知らせをお待ちいたしておりました。例年のことで当方も支度に抜かりはございませんが、お城よりお手紙を頂いてお伺いするのが建前となっております。上席の方がお持ちくださるのはお珍しいことで、恐れ入っている次第でございます」

と、頭を下げた。

「明日の御天守下の御祭礼につき、その由来にお詳しいと聞く御住持にお目に掛かりたく伺った次第でござる」

と、雄之助がもう一つの訪問の目的を明かすと、住持は、

「ほほう、ご興味がおありになりますか……。それでわざわざ……」

と、深く頷きながら雄之助の顔を窺った。

雄之助は勧められるまま茶を口に運んだ後、茶碗で掌(てのひら)を温めながら、

「幼少より桜の季節に、御僧侶数人が天守台の下で勤行(ごんぎょう)なさるのを見ており申した。家の者に聞いても、弁天様ですよ、と言うだけで子細は分からぬままでござった。此度この書状を手配する立場となり、その謎を解くよい機会がまいったかと思った次第でござる」

それを聞いた住持は、

「なるほど。さようでございますか。ご満足頂けるかは自信がございませんが、拙僧が聞き及びます限りの伝来口碑(こうひ)をお話しいたしましょう」

と、笑みを浮かべると姿勢を正し、話が少し長くなりますがと断りながら、

「先ずは、永らく豊後を治めておりました大友様のお話から……」

と、茶を一口含んで当地の故事来歴を語り出した。

 

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